京大卒の主夫

京大は出たけれど、家庭に入った主夫の話

大学無償化で教育格差は是正されるか?

前回の続きです。

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前回の記事では、

・大学無償化は低所得者のみ、大半は出世払い

・学費の親負担→学生負担への移行

・学費以外の親の負担は多い

というところを確認しています。

親の負担に依存する以上、親の資力の差によって、大学進学をするか否かのところで、どうしても教育格差は起きそうです。

 

大学無償化は、やはり教育格差を是正する効果は期待できないのでしょうか。

 

教育格差は大学以前から起きている

日本における教育の私費割合が高い、というのは、いろいろなところで指摘されており、今さらここで言うこともないと思います。

文教科学委員会調査室の小林美津江氏のレポートが非常によくまとまっています。

高等教育へのアクセスの機会均等を目指して

いちおう引用します。

公私負担割合については、初等中等教育段階では公費負担割合がOECD平均を上回る水準(OECD平均 91.3%、日本 92.7%)である一方、幼児教育段階と高等教育段階では、公費負担の割合が低く(幼児教育段階:OECD平均 81.2%・日本 44.5%、高等教育段階:OECD平均 69.8%・日本 35.2%)、私費負担割合が高いことが特徴的である

 下記のグラフは、親の世帯収入別にみた学生の割合を2004年と2016年で国立・私立それぞれ比較しています。

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(※日本学生支援機構「学生生活調査」より*1

少しわかりづらいのですが、国立大では年収が高い層ほど割合が増え、私立大では年収が低い層ほど割合が増えています

高所得な親の方が、国立大に通わせやすくなっているのが分かります。

また、高校までの塾などの学習費(習い事を除く)については下記のように推移しています。

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(※文部科学省「子どもの学習費調査」より*2

全体的に学習費は増加傾向にあります。つまり、大学入学以前からすでに塾などの私費が必要となるため、大学無償化による格差是正の効果は低い、といえます。

塾に通えない貧困層は、大学の学費が無償になっても、そもそも(希望の)大学に入るだけの学力を身につけることができない、という状況に陥っています。

どこでもいいから大学に入れ、ということであれば、自宅から通える範囲の難易度の低い大学を目指すことも可能ですが、塾も通えず、高校の授業レベルも低く、大学で学ぶ意義も見いだせない(近場に本当に行きたい・学びたい大学があればいいのですが)というハンデを負うことには変わりありません。

もちろん、塾なんて行かずに大学に入学する人もいるでしょう。しかし、もともと勉強のやり方を理解していて、かつ学校の公的なサポートが充実しており、情報共有できる仲間がいる、など他の面で恵まれていたのではないでしょうか。

 

以前も少し書きましたが、教育の格差は広がっている、という現状を多くの人は追認する形で、仕方ないと思っているのではないでしょうか。

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海外での先行事例

日本で検討されている所得連動型学生ローン制度は、オーストラリアの制度をモデルにしています。オーストラリアでは、実際に教育格差は是正されたのでしょうか。

オーストラリアでは、そもそも長い間、大学は実質的に無償でした。しかし、高校卒業者の増加に伴い、大学の進学需要が超過状態となっており、大学の維持・運営が困難な状況でした。

そのため、学生の私費負担を増加させる策としてHECSといわれる学生ローン制度を導入しています。日本とこのように状況が少し異なるため、大学無償化策というよりは学費の私費化策といえます

ただ無償→有償という流れにもかかわらず、不利な階層出身者の進学機会に対して,HECS は正の効果も負の効果も与えていないのです。負の効果を与えていない、という点では、評価できるのかもしれませんが、ただ無償であること以上の効果は期待できません。(※「諸外国における奨学制度に関する調査研究及び奨学金事業の社会的効果に関する調査研究」報告書:文部科学省

 

スウェーデンではどうでしょうか。

スウェーデン奨学金は、返さなくて良い給付奨学金と、返済が必要なローン奨学金とでできています。2006年の標準的な学生の需給可能額は4週あたり9.6万円、政府により発表されている最低生活水準よりは低いものの、かなり恵まれた環境にあります。また、9.6万円のうち、給付型奨学金の割合は約30%です。残りの7割を大学卒業後に返済していくことになります。*3

しかし、これだけ給付割合も高く恵まれた状況でありながら、低所得者層の入学促進効果は限定的でした。

 

「なぜ高校卒業後、勉強を続けなかったのか?」と非進学者に質問調査をしたところ、「奨学金」に関する理由はほとんど見当たらなかったものの、「何が勉強したいかわからない」「勉強するより働きたかった」「他のことがしたい」という理由が多数を占めていました。

ここに、この問題の根深さがあるように思います。奨学金で自由に大学に行けるにもかかわらず、その教育の重要性(教育による便益)を認識していない、ということです。

 

 

 

 

高等教育で何を学ぶのか?

高等教育を受けることで、得られる収益としては私的、公的、社会的なものそれぞれあり、一般的には大学を卒業したほうが、生涯賃金は高卒に比べて高くなり、私的にも便益を得られ、稼ぐことで多くの税金を払うので公的にも便益を得られ、治安の改善や福祉負担の軽減といった社会的な便益も得られます。

そのため、大学進学における私費と公費の割合は、それぞれの立場で得られる便益に応じて計算されるべきだ、というのが教育経済学者の一般的な考えです。

 

しかし、その辺りの議論を一旦脇に置いておいて、「大学で何を学べばいいかわからない」という人に、「大学進学による所得上昇効果が高等教育にかかる費用を上回るから借金してでも行った方がいいよ」ということを、どう説得すればいいでしょうか。

 

以前話題になった、『「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由』の記事が頭をよぎります。

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底辺校の田舎者に、高等教育がとてもお得であり、かつ可能性を広げるものである、ということをどう伝えていくかが、教育格差を論じるうえで重要ではなかろうか、という筆者の立場は、このような理路のなかでは納得できるものがあります。

 

そのうえで、まあ大学は無償(少なくとも後払い)のほうが、ありがたいのは事実です。キャッシュフロー的にとても助かるからです。

自宅通学と下宿とでかかる費用が全く違う以上、なるべく近場に大学がある、ということも非常に重要な要素です。大学を潰すなら、自宅生と下宿生の生活費の差を解消してからにしていただきたい。

 

無償化に関する議論は、他にも適用条件をめぐっていろいろと炎上していて、まだまだまとまりそうにありませんが、取り急ぎ教育格差の解消については、大学無償化だけでなく、他の施策もあわせて考える必要がありそうです。

 

 

*1:学生生活に関する各種調査 - JASSO

*2:子供の学習費調査:文部科学省

*3:大岡頼光『教育を家族だけに任せない』p.101