京大卒の主夫

京大は出たけれど、家庭に入った主夫の話

スーパーで働く主婦の『安定と処遇格差』の共犯関係

『主婦パートタイマーの処遇格差はなぜ再生産されるのか』という本を読みました。

昨年末に出版された、とても分厚い鈍器本です。大きな図書館なら置いてるはずです。(値段も高いので買わないように。)

なぜ、この本を手に取ったかと言えば、私がスーパーマーケット産業で働く"主夫"パートタイマーだからです。この本の調査対象のコミュニティにどっぷりと属しています。

ちなみに、今の勤務形態も賃金も満足しているから、働いています。その前提のうえで、この本をレビューします。

主婦制度と主婦協定

スーパーにおける主婦のパートタイム労働者は、低賃金にもかかわらずとても安定して何十年とその会社に属しています。この本の問いかけは、「なぜそんな待遇なのに、皆そんなに働いているの?」というところから始まります。

それをひも解くために、膨大な量の聞き取り調査を各関係者に行い、人事制度や市場構造などもふまえて考察しています。

そのなかで、彼らが働くうえでどんな考えをモデルにしているのか、というところを見出しています。その鍵概念が「主婦制度」と「主婦協定」です。

「主婦制度」とは

男性稼ぎ主型ジェンダー・システムに基づいて、私的家族における役割と地位であるはずの主婦という役割と地位を、社会的な役割と地位にする『制度の束』(12 頁)

「主婦協定」とは

主婦であるパートタイマーの家庭優先性の保証を主な内容とする、パートタイム労働市場における行為者たちの行為ルール(13 頁)

と定義しています。

これらは働く主婦たちが、暗黙のルールとして内面においている行為の規範であると同時に、明文化して会社の制度としてルール化した外部規範でもあります。

もちろん、実際にそんな名前の制度や協定が存在するわけではなく、これは著者の造語です。複数の内部的・外部的なルールが束となって、「主婦」という立場を保証し、社会的な役割と地位を約束する制度が出来上がっている、ということです。

興味深いのが、彼女たちがこのルールをうまく利用していることで、完全にそれを内面化していることです。内面化とは、すっかりそのルールが染みついてしまっている、自分の行為の基準になってしまっている、ということです。

それが、格差の再生産につながっていると指摘しています。

 

スーパーにおける正社員と非正規社員

ここで、スーパーの労働構造について少し説明します。

基本的にどのスーパーも、少数の(男性)フルタイム正社員と、多数の(女性)パートタイマーで成り立っています。正規・非正規に男女の制限はないにも関わらず、私のようなパートタイム男性は少数で、フルタイム女性もまた少数です。

 

その理由としては、フルタイム社員の労働強度の強さがあります。基本的に365日毎日スーパーは営業しています。

店長・主任など責任ある立場であれば、休みの日であっても不測の事態が起きれば対応する必要があるし、多数の商品を取り扱うスーパーでは、不測の事態が至る所でよく起こります。そして、季節・天候・テレビCM・特集、様々な要因でトレンドが変わり、売れ筋が変わります。店勤務でなくても、それらに対応しなければならないのは同様です。

異動も頻繁にあります。異動が決まれば、2週間前後で赴任地にいきます。場合によっては単身赴任、引っ越しを伴うこともあります。

まとまった休みがとれる時期はわずかで、 「連続休暇」という特殊な休暇形態を初めて聞きました。それは、まとまった休みが取れる制度ではなく、土日に休ませないための制度です。

 

一方で、パートタイマーは、働く時間もシフト制で比較的自由に選ぶことができます。繁忙期・繁忙時間帯はもちろんあります。しかし、子どもの病気や自身の体調不良、その他の都合に合わせて休みを取るのは比較的簡単です。

スーパーマーケットは、チェーン展開で全国あるいは地域で複数店舗展開している大企業であることが多く、福利厚生も社内制度も整っています。パート社員であっても有給は取れるし、要件を満たせば健康保険に加入する義務があるし、教育や研修を受けることもできます。従業員割引もあります。

現在のスーパーマーケットは、正社員比率を低くしていくことで、競争力を維持しています。安売りをしない、チラシも出さないコンビニのほうが確実に人件費率が低く、それらに対抗するには、長年勤めている大量の高技能低賃金パートタイマーによる支えが必要です。だからこそ、彼女たちをつなぎとめるための(賃金以外の)環境改善は常に行われています。

「主婦として」働くための環境面では恵まれており、労働柔軟性は非常に高いのです。

 

本書の指摘と今後

本書の指摘は尤もなことです。たしかに、主婦が自らの働き方を内面化していることが格差の再生産につながっています

外部からの観察で、このことを綿密に描き出しているのは本当にすごいと思います。読んでいてとても面白い。けれど、話がかなり古いです。昨年末に出された本なのに、10年近く前の調査が描かれています。この本の終章で提示されている「新たな人事制度」は、既にもう過去の制度となり、さらに新しい人事制度に代わっています。

 

ただ、人事制度が変わっても何ら状況は変わっていません。少しだけ変わっているのは世の中のほうです。

世の中の 『働き方改革』の強い流れに押されて、これまで無制限で働かせ放題だった正社員の働き方ができなくなりました。より高い経営効率を求めるために、需給予測のコントロールをかなりシステムに頼り、現場を回る正社員の数を減らしました。

その結果、正社員と非正規社員の「共犯関係」ともいえる「キツイ仕事は俺らやるから、家庭になんかあったら主婦のみんなは休んでいいよ。でも賃金格差はあるからね。」という性別役割分業の前提が崩れ始めています。

 

正社員は口減らしをされ、今はまだ非正規社員は守られています。が、徐々に非正規社員のマルチ人材化が進んでいます。事務職であっても、レジを打つように、みたいなことです。それぞれの領分を守ってきた彼女らの安定も少しずつ崩れようとしています。

そうしたそれぞれの処遇の変更に違和感を感じている社員も少なくありません。一言で言うと、「不穏な空気」が流れています。

 

リアル店舗の今後

今後リアル店舗無人化されるのか、といえば、たぶんなりません。

正直、決済システムだけが自動化されたところで、発注・品だし、整理整頓・掃除、サービス対応、自店調理などレジ以外の業務が山ほどあるからです。むしろレジにかかわる部分はほとんどおまけです。

最新のレジは本当に直感的なUIで、間違えることもほとんどないし手戻りも楽です。

www.icr.co.jp

スーパーのメインターゲットはほとんど、1~2人世帯の高齢者です。無人化なんてしたら、カゴを運んでもらえないし、決済も困ります。

そうした方への手厚い配慮は、地元で働く主婦パートタイマーで成り立っています。そして社員の数は、圧倒的にパートのほうが多く、その数は数万人に上ります。その力は経営上も決して無視できるものではありません。

彼女たちの立場は守られ、システム化によって優先的に切り捨てられているのは、バイヤーやバックオフィスの正社員のほうです。

しかし、その施策によって安定に保たれていたパワーバランスが徐々に崩れてきているのではないか?というのが、ここ最近の内部から見たスーパーマーケットの実情です。

 

共犯関係の解除

フルタイム正社員=高強度・高賃金、パートタイム非正規社員=低強度・低賃金という共犯関係は、組合も認めている事実です。

主婦である以上、フルタイムのように働くことはできないし、家庭優先でいつでも休める、時間も変えられる柔軟な働き方ができる環境はむしろありがたい、と思わせる構造作用がとても強固に出来上がっているのが、この共犯関係です。「賃金」による格差はそのために懲罰的に使われています。共犯関係をみんな暗に理解しているからこそ、それに納得して働いています。

 

会社としては、ずいぶん古臭いですよね。その共犯関係は崩すことができるんでしょうか。また、崩す必要はあるんでしょうか。

 

私の立場で言えるのは、「他でも稼ぐ」「家庭を大事に」「逃げ道を作る」です。

現状維持のままでもパートタイマーとして、月に10万前後の稼ぎは得ることができます。それだけで満足の人は、とりあえずそのままでいいのではないでしょうか。何十年とやってきた人の精神力はパートでも強いです。なんとでもなる、という強さを日々感じています。

それだけではワーキングプアだという人は、そこでのステップアップを目指すよりも、複業で+αの稼ぎ口といざという時の回路を持っておきます。そして「家庭」という土台を保ちつつ、いざというときの「逃げ道」を確保します。他のことも考えられないくらい、今の仕事が手一杯なら、少し余白を作れるようにします。

 

こうした個人レベルの解決策を提示する意味は、共犯関係があまりに強固で、中から解除するのが困難だからです。だから外に回路を作ります。複業は稼ぎのためではなく、他の社会と接続するために行います。

 

上記は、パートタイマーの戦略になりますが、フルタイム正社員にも同様のことは言えるのではないかと思います。共依存して共倒れしてしまう状況では、フルタイムの社員が仕事を失った時の方がダメージが大きいです。

このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法

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個人の行為論的な解決としては、このようなものになるのではないでしょうか。別の拠り所を持つことで、内面的な行為の規範を少しずらす、という感じです。

 

組織的な解決としては、経営者が音頭をとって壊していくしかないと思います。

 

あ、ちなみに今日も、調子上がらなくて会社を休みました。すみません。