ふたたび保育の話になりますが、ちょうど池本美香さんの新しいレポートが日本総研に上がっていたので、ご紹介です。
保育の費用負担の在り方 ─幼児教育無償化を考える─
(http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/10739.pdf)
上記レポの冒頭2ページの要約だけでも、とても参考になるかと思います。
度々このブログでは登場する池本氏の論考ですが、繰り返し『保育の質』について重きを置いて考えられています。
無償化が優先されるのではなく、質の確保が優先されるべきであり、それを普遍的に届けるための手段が無償化なのである。表層的な政治・行政の人気取り、業界支援であってはならない。
この意見については、全く同意しかありません。
それでは、政府の掲げる「幼児教育無償化」政策のなにが問題なのか、具体的に見ていきたいと思います。
8つの問題点
池本氏は、レポートの中で、一般的な問題点を3つ、今回の政府案に絞っての問題点を5つ、それぞれ指摘しています。
一般的問題点
- 長時間保育による、保育の質の低下。保育料負担の軽減によって、親は安価な保育料でより長時間の保育を利用できる。その結果、待機児童問題、保育士不足、保育の質の低下などが、改善するどころか、むしろ悪化する懸念が生じる。
- 無償化に先立ち、行われるべき政策が行われていないまま、家計負担の軽減が先行している。他国では、保育の質を評価する国の機関の設置、監査の義務化、保育士の免許更新制の導入、所得の向上などを行ったうえで、無償化している。
- 無償化の恩恵は高所得層に偏る。幼稚園、認可保育所、認定こども園など大半の施設には、家庭の所得に応じた保育料の減免措置が設けられている。このため、無償化した場合のメリットは高所得層ほど多くなる。
より詳しくは下記参照。
「幼児教育・保育の現場からみた『こども保険』の問題点と改革の方向性(PDF)
政府案に対する問題点
- 認可保育園と認可外保育園の利用者間の格差
- 親の収入(有業性)による格差
- 3歳児未満保育への支援が希薄
- 無償化の予算が不明確
- 無償化の上限が全国で一律設定(地域格差)
どれも大きな問題なのですが、それに対する腹案の前に、議論の前提として幼児教育無償化の中身について説明します。
幼児教育無償化とは?
無償化の具体的な内容
これについては池本氏のレポートで、非常に分かりやすくまとめられていますので、下記の表をご覧ください。
もともとのソースはこちらです。
(幼稚園、保育所、認定こども園以外の無償化措置の対象範囲等に関する検討会 |内閣官房ホームページ)
要点としては、
- 三歳児以上については、幼稚園・保育園ともに無償化
- ただし、認可外については上限を設ける
- 利用できるのは、「保育の必要性」のある世帯のみ
- 三歳児未満については、住民税非課税世帯のみ無償化
というところでしょうか。
個人的には、三歳児未満の保育がほぼ無償化の対象外となっている点が、気に入りません。保育園側としても、負担が大きく人数が割かれる部分であることは承知していますが、親としても当然負担が大きく、『支援』が最も必要な時期だからです。
高所得層の便益の偏り
これも各所で言われているところなのですが、一応。
下記の表が、現在の住民税(所得)に応じた利用者負担費用の一覧です。無償化のメイン対象は「2号認定:満3歳以上」ですが、これらが一律で無料となるわけです。
誰が最も得をするかは、一目瞭然かと思います。まあ、もともとの高所得層の負担がかなり大きいのも確かですけど。隠れた税金、みたいに言われている所以です。
ではどうすればいいのか?
池本氏は5つの提案をしています。
- 施設類型ではなく質を重視した、線引き基準の根本的な転換
- 無償化の対象をおおむね幼稚園の教育時間部分に限定
- 3歳未満についても、就業の有無にかかわらず保育施設に通う権利を付与
- 国の試算の見通しの明確化
- 国・自治体・施設の費用負担に関する情報開示
これは、問題点で指摘している5項目とそれぞれ呼応しています。いくつか説明が必要かと思います。
まず、施設類型ではない質を重視した基準とは、”いかなる施設形態をとろうとも、提供される保育の質こそが重要なはずである”という考えのもと、提唱されています。
現状は、親のニーズや運営主体によって、それぞれ基準や評価が異なり、そもそも所轄機関や監視・評価団体も異なるために、統一的な評価の判断ができずにいます。それを統一しようというものです。
質の高い保育には保育士の高い専門性が必要であり、そうした専門知識を有していることが収入に反映されれば、保育士にとってもプラスに働きます。現状は預かる子どもの人数の多寡で予算が組まれて、保育士の能力はほとんど考慮されず加算も少ないです。
時間について一定の上限を設けることについても、現行の案では11時間保育も8時間保育も全て無償化されてしまいます。だったら11時間預けたほうがお得ですよね?ってなりますし、「長時間働いているほうがお得」って社会は、労働者にとって不幸でしかありません。
また、専業主婦・夫など、仕事をしていない親に対する支援も必要です。保育園に預けていない家庭は、無償化の恩恵を受けることができません。専業主婦・夫のキャリア向上や貧困家庭への支援を充実するのであれば、そうした家庭こそ保育園に入ることができ、さらにはキャリア支援も受けることができるなどの制度があっていいはずです。
そうした支援の全体像が把握しづらいことが議論を難しくしています。よく言われる保育園は厚労省、幼稚園は文科省が管轄だから全く別物で一体化が進まない、というのと同様に、支援にまつわる省庁が複数にわたると途端に動きが鈍くなります。さらに国と自治体の関係もあるので余計にややこしいのです。
まとめ
総じて、幼稚園・保育園にまつわる幼児教育については、制度がどんどん複雑化しています。その割に、「無償化しよう」ということだけが大雑把に決まっています。
そもそも、基準や制度をもっと統一的にしたら、今よりずっと効率的に幼児教育の予算が配分できるんじゃないの?
そして、無償化よりも先にやることがあるんじゃないの?
というのが、今回のレポートの提言です。
なお、ほぼ同様の議論が下記の記事でも書かれています。
こちらも参考になります。