障害者雇用の虚偽報告
落としどころのない話で、事実の羅列しかできないのですが一応言及します。
水増しとニュースでは言っていますが、正確には虚偽報告です。実態と異なる人数を報告していて、長年にわたってそれを隠しているのですから、かなり悪質です。
私も、総務人事部で働いていたときに、法定雇用率の算定と納付金の支払い手続きを行ったことがあります。実務上、ガイドラインを読み間違えるとか、拡大解釈するという余地は正直考えられません。仮に私が間違えていても、会社の承認上の過程で誰かが気づきます。
組織ぐるみで隠ぺいすれば、あるいは担当者がみんな無能なら気づかれませんが。多くの自治体が、嘘つきか無能かどちらか選べと言われたら、無能を選んでいるようです。
障害者雇用納付金制度とは?
障害者の雇用に関して、国は「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づいて、昭和51年以降、原則すべての事業主に法定雇用率を定めています。法定雇用率は年々上がっていて、平成30年からは民間企業で2.2%、国や地方公共団体で2.5%です。
民間企業では、法定雇用率を超えて障害者を雇用している場合は、一人あたり月額27,000円の給付が得られる一方、雇用率に満たない場合は納付金を月額50,000円支払う必要があります。
これは、障害者の雇用には、一般の雇用よりも経済的な負担がかかることを踏まえ、法定雇用率に満たない企業は、その負担を免れているという利益を受けているという受益者負担の考えで行われています。
細かい算定人数や除外職種などの話もあるのですが、おおまかに言えば上記のような制度です。
国や地方公共団体の責任
国や地方公共団体には、雇用納付金、つまり法定雇用率に満たないことによる罰則金はありません。税金で予算を組み立てている国や地方に罰則金を設けても、税金が循環するだけで意味が無いからです。
ただ、民間企業に罰則金を課す以上、国や地方公共団体はその手本となるべく障害者を雇用する義務があります。そのために、法定雇用率も民間企業より高めに設定されています。
一方で、納付金などの措置がない以上、それは努力義務でしかないことになります。その結果起こったのが、今回の水増しかと思います。
この制度、本当によくできています。
『障害者雇用』という、企業が敬遠しがちな分野で、確実にそのための予算を獲得し、全ての企業に雇用あるいは納付金という形で負担を負わせています。
教育や保育の予算確保のために「教育国債」や「こども保険」などが提案されていますが、この制度を応用した『法定育休率制度』でも作ったほうがいいんじゃないかと思います。育休環境が整っていない企業は、その社会的責任を負っていない分利益を得ているという考えです。実際、ずる賢さで有名な(褒めてます)フローレンスの駒崎さんあたりが同じことを提言をしています。
手帳はセンシティブ情報
障害者手帳の確認・添付などが国や地方公共団体に求められていないはずがありません。民間企業と同じルールのもとで行わなければ、制度の意味がないからです。
一方で、障害者手帳の提出を障害者に強いることはできません。障害者手帳は、個人情報のなかでも病気・障害などより配慮が必要な『機微情報』となるからです。人事の持つ情報のなかでも厳重な管理が求められる機密扱いとされます。必ず、本人の同意のもとで提出・利用されなければなりません。
障害者手帳を持っていたとしても、本人が望まなければ算定はできない、ということです。
また、障害の程度が回復したり、(精神障害者の場合などは特に)更新時に手帳が付与されないケースもまた、その事実を本人に確認する必要があります。区分上、障害者じゃなくなったからといって解雇されれば、障害者差別防止法違反です。この法律が対象とする障害者は手帳所持者に限っていないからです。
障害者手帳は、確かにセンシティブな情報ではありますが、だからといって確認を怠っていいわけではありません。
大事なものだからこそ、その取扱いは十分に気を付けなければならず、十分に気を付けていれば、算定の際にも数を把握していて当然のものです。
民間企業であれば、定期・不定期問わず、労基署の監査のときに必ずといっていいほどその勤務実態や保管場所・管理方法について問われるはずです(違反しやすい部分だから)。
給付金を受ける場合には、タイムカード・源泉徴収票など雇用実態が分かる書類と手帳など障害の程度が分かる書類の添付が必須になります。
(※写真と本文は関係ありません。こないだ明治村行ってきました。)
実際にどんな作業ができるか?
私が以前いた企業では、在宅でできるカスタマーサポートやウェブ広告(リスティングワードの選定など)の仕事等がありました。
リモートワークの環境が整っている企業なら、身体に不自由があっても、毎日会社に行かなくても家で仕事できます。
またコールセンターや名刺発注などの総務業務、給与計算など、切り分けしやすい業務などが比較的多いのではないかと思います。大企業であれば特例子会社という障害者雇用のための子会社を設立して、そうした親会社の仕事を請け負っています*1。
リモートワークのハードルが下がるにつれて、障害者雇用に関していえばかなりやりやすくなっている状況ですが、より重度な障害を持つ人ほど、雇用されづらいという障害者間格差が課題とも言えます。
行政においては、業務分掌が細かく一部業務のアウトソースがしづらい、リモート環境が整っていないなど、様々な点で遅れていることもあるでしょう。だからといって虚偽報告していいはずもありませんが。
障害をはじめ「生きづらさ」を抱える人が、どのように働き、報酬を得ることができるのか、ということでいえば、企業や国・地方公共団体に属して給料を得る、という手段だけに限らないものの、選択肢は多くあるべきです。
なにに怒っているのか?といえば、そうした選択肢をあるかのように見せていて、実はなかった、ということだからです。その点、東京医大の件とあまり変わりありません。
ハロワで門前払いされた、というような現場の声はこれからどんどん上がってくるのではないでしょうか。
参考
障害者雇用をする上での実践例として、下記の連載が面白かったです。
障害者雇用の法定率の成立経緯などは下記の本に詳しいです。が、思い出話みたいなとこがあり、話半分くらいで読んだほうがいいです。
*1:といっても平成29年度で認定されているのが464社です※平成 29 年 障害者雇用状況の集計結果