映画『Tully』(邦題は『タリーと私の秘密の時間』)を観ました。
以下、公式より引用します。
「わたし、ひとに頼れないの」──仕事に家事に育児と、何ごとも完璧にこなしてきたマーロだが、3人目の子供が生まれて、ついに心が折れてしまう。そんな彼女のもとに、夜だけのベビーシッターがやって来る。
彼女の名前はタリー、年上のマーロにタメグチで、ファッションやメイクもイマドキ女子だが、仕事ぶりはパーフェクト。
荒れ放題だった家はたちまち片付き、何よりマーロが笑顔と元気を取り戻し、夫のドリューも大満足だ。さらにタリーは、マーロが一人で抱え続けてきた悩みの相談にのり、見事に解決してくれる。
だが、タリーは何があっても夜明け前に姿を消し、自分の身の上は決して語らない。果たして彼女は、昼間は何をしているのか? マーロの前に現れた本当の目的とは──?
邦題の付け方と、サイトの作りのダサさは、洋画によくあることなので置いておきます。
引用の紹介文にある通り、実質ワンオペで育児家事をしている共働き家庭の母親が、ベビーシッターの登場によって生活が一変する、というのが物語の大部分です。
そのため、シッターサービス会社であるキッズラインのブログでは絶賛されています。
それでも夜じゅう付き添ってくれるというナイトシッターのサービスはまだ日本では少なく、あまり馴染みありません。
アメリカ事情にもそれなりに詳しいらしい記者が書いている下記の記事では、シッターの時給からすると、一晩につき16,500円~44,000円とあります。やはり高額なので、ある程度の収入が確保できなければ、雇うのは難しいのが分かります。
現実的には、夜に夫婦だけで出かけたいとか、それこそ映画が観たい、とか、そうしたときに2~3時間ほど使うというのが、このナイトシッターでしょうか。(実際、家事代行サービスのベアーズにはデートナイトプランなるものがあるそうです)。
(※写真は映画館の帰りに立ち寄ったコーヒー屋さんです)
が、その物語はその最終盤に全く違う様相をみせます。
というところで以下、ネタバレです。
映画なんて観る暇ない、見る予定もない、とかもう知ってるよ、という人だけご覧ください。
物語の種明かし
母親業に徹して、自分自身の人生をゴミのように扱っていたマーロに対し、「あなたのケアが必要だ」とタリーは繰り返し説きます。そして、ある日、子どもたちを置いて二人で街に飲みに行きます、車で。
しかし案の定たっぷり飲んだ後、マーロは酔ったまま運転して事故を起こします。
場面は病院に移り、夫は精神科医に、マーロは過度の疲労とストレスで睡眠障害を抱えていることを告げられます。「シッターを雇ってからはいきいきとしていたはずなのに・・・」と訝しりながらも、入院の手続きを進めます。
そして手続きの中、受付の事務にマーロの旧姓を訊かれ、「タリー」と夫は答えます。
実はタリーは昔の自分自身の姿で本当はそんなシッターはいなかった…というのが、物語の種明かしです。
要はワンオペじゃん!
種明かし以降は、涙なしには見られません。
なんだよ、結局ワンオペじゃねーか、しかも夫は、妻が極度のストレスで家を逃げ出して飲み歩いた後に事故を起こして大けがをするまで、そのことに気づきもしません。夜な夜なヘッドホンをつけてゲームをしています。
そして、夫は妻に懺悔します。俺が悪かった、と。ええ、でも私は完璧にしていたわ。違う、完璧でなくていいんだ、君が大切なんだ、と。
もう、とりあえず泣くしかありません。
その後、献身的な姿で家事育児に勤しむ夫の姿が見られ、二人でイヤホンを分け合いながらキッチンに寄り添い立つ姿が映り、エンドロールです。
もうなんで泣いているのか分からなくなります、泣いているのも申し訳ないと思いながら泣きました。
ワンオペ、ダメ絶対!!
タリーのいる理想の暮らし
この映画は、マーロがワンオペながらも完璧に家事をこなしつつ、タリーのような完璧に育児・家事を任せられるシッターがいたら、きっと私の生活はこうだっただろう、と思い描いていた理想の暮らしがその大部分を占めています。
タリーは繰り返し、「あなた自身のケアが必要」「自分の人生をもっと大事に」「女を捨ててはダメ」といったポジティブなメッセージを与えていきます。
そのメッセージは、「ただタリーが来たから楽になった、やったね!」というだけではとても弱いものだったかもしれません。
でも、ワンオペの格闘の末に心身ともにボロボロになったマーロの姿を最後に見せることによって、それはとても説得力のある強いメッセージになります。
「そんなに完璧でなくていい」
という夫の言葉も、その姿があって初めて最大限の効果を発揮します。そしてその後献身的な夫の姿を描くことで、夫が無関心であることに警鐘を鳴らしています。それもまた初めからそんな優しくて育児に積極的な夫の姿を見せられても、男性は「なんだよ、ただのイクメンかよ」と自分事には思わないと思います。
仕事や趣味にかまけて家事育児は最低限、妻のことは全くケアしない、というよくある父親像を描いた後に、物語の衝撃的な転換とともに育児をする父親の姿を映すことで、とても効果的に”男性の育児参加の重要性”を描いています。
映画慣れしている人にとってはよくある展開なのかもしれませんが、分かっていても物語の効果は大きいです。「やっぱりな」と思ってても吊り橋は怖いのと一緒で、心揺さぶられていると、人の思考は安易な感動に騙されます。
その意味で育児に興味のない男性でも、理解しやすい物語構造になっています。
最後に夫の理解が得られたのがマーロにとって唯一の救いですが、そのことで育児の教訓を伝える物語としては完成されています。
子育て世代はこれを観るのか?
ところで、子育てしていると、映画とか全く見なくなります。ほんとに見ないです。
私はたまたま仕事をさぼって見に行くことができました。これを観たいとかは特になく、ちょうど行きたい映画館で、その時間にやってたので。
私が映画に疎いだけなのかもしれませんが、忙しい子育ての合間を縫って、これを夫婦で見ることは可能なのかどうか、わかりません。出産前の、安定期あたりに見るにはいいかと思います。
べつにシッターを勧めるわけではなく、シッターに限らず、「育児・家事はほどほどに」「うまく乗り切って自分の人生も大事に」というところを、夫婦で共有するにはちょうどいいかなという映画です。
それを夫婦で共有できる段階にあるのであればオススメはできますが、そうでない場合はただのホラー映画でしかないかもしれません。
なので、安易には勧めませんしそれゆえにネタバレしているのですが、ご興味があれば、視聴してみてはいかがでしょうか。