京大卒の主夫

京大は出たけれど、家庭に入った主夫の話

専業主婦でも共働きでも、尊重される社会

6月1日の記事。同じ日に、似たようなことがそれぞれ書かれていました。

中野円佳さんの記事と、河崎環さんの記事。

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私たちには、専業主婦か、働くかの二択しかないのでしょうか?

河崎さん(彼女は主婦を経て非常にキレのよい文章を書くライターとして活躍)は、冒頭で、このような疑問を投げかけます。

そして、主婦として資格の勉強をしている際に、「あなた、働いたことがないの? 一度も? 信じられない」という、完全に見下した発言をされ、その後口をきいてくれなかった同じ塾生の女性に出会った経験を話しています。

「真剣に働いている」キャリアウーマンから、そんなに忌み嫌われるものなのか。そんなに話もしたくないほど、価値のないものなのか。

 

中野さんのサロン参加者もまた、主婦としての自分に対するモヤモヤを吐露しています。

「出産後は家族の時間を優先し、自分のキャリアや夢はまた時期が来たら向き合えばよい」と覚悟を決めたものの、割りきれない。主婦の生活は、平日も休日もなく平凡だからか。環境の変化に伴い気心の知れた仲間が少ないからか。バリバリ働き、同僚とワイワイガヤガヤはしゃいでいたあの時間だけが、キラキラを増すばかりです。

主婦になる道を「自分自身」で選んだのに、どうしてすっきりしないのでしょうか。

この場合、自分の心の中にも、どこか無意識のうちに主婦であることに劣等感を抱いていたというケースです。

主婦であることはスティグマ(自分が劣っているというレッテル・烙印)なのか、という議論は、これに始まったことではなく、『女性活躍』 が謳われ始めてから、度々登場します。

スティグマのある人は、自分の行動を過小評価しがちです。スティグマはそうした自己制御機能を持たせるための社会的な烙印だからです。

中野さん(監修)の記事では「主婦が自分で自己肯定感を下げている」としていますが、それは本当に「自分で」なんでしょうか。正確には自己肯定感を下げるように仕向けている、というのが正しいのかもしれません。

 

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そして、多くの議論は、必ず「多様性(様々な選択肢)を認める社会を」で締めくくられます。 

「専業主婦 or NOT」論争の忘れ物とは、専業主婦も働く女性も、どちらも同じ一人の女性の、時期(人生のフェイズ)に応じて見せる姿にすぎないのだという考え方です。

そして、夫婦間のどういった割合で収入を得ているかのバランスこそ違えど、専業主婦であっても子育てや家事や介護に必ずなんらかの責任を負って「働いている」ことには間違いがなく、そこに敬意が払われず存在がまるで無価値のように言われるのも、おかしな話です。 

(河崎環「専業主婦か、働くか」論争の「忘れ物」)

私も、その通りだと思います。

専業主婦でもワーキングマザーでも、どちらも自分で選び取って生きているのなら、それはとても素晴らしいことです。

ここまでの流れに、異を唱える人は少ないでしょう(少なくともここの読者は)。そうした考え方が浸透し、時代が変わりつつある、というのを少しずつ感じるところです。

でも、現実に、多様な選択肢の中から自由に自分のやりたいことを選び取り、偏見も何もなく平穏無事に過ごしていく、ことは決して楽なものではなく、実現するのは奇跡のように難しいように感じます。

好きなように生きられない理由

例えば、明日から好きなように生きなさい、と言われて、会社を辞めて大好きなラーメン屋を始める、という人はあまりいないでしょう。

今ある会社の地位や給与を手放すにも関わらず、それに見合う成功が得られる確信もなく、開業資金の多大な借金を負う可能性もあるからです。

転職や、再就職が可能なレベルの経験や技量・資格のない人にとって、専業主婦とは、そのラーメン屋に近いものになります。扶養に入る、というセーフティネットはあるものの、ブランクのあるなかでの再就職の難しさは、一般に知られている通りです。男性であれば、なおさらです。

その逆もまたしかりです。今ある主婦の暮らしを手放すことが怖い、と思う人もいるでしょう。働いて得られるお金や充実感が、主婦業をする今の自分以上の価値があるのかは、実際に働いてみないと分かりません。

人は、リスクのある行動、不確実な行動を避けます。それは生きるための本能として、正しいものです。

「どんな生き方でも尊重される社会を!」というスローガンは、どんな生き方をしても安心して暮らせる保障がないと成り立ちません。

やり直せる保障、学びなおせる保障、スタートが遅くても早くても認めてくれる保障、障害があっても安心して暮らせる保障、そうしたものがあって、ようやくこの専業主婦or共働き論争は終わるような気がします。

 

「そんな保障のある社会は実現されるだろうか?」

そこで、上記の問いを立てます。「そんな保障のある社会は実現されるのか」「実現のために必要なことは何か」政治家のお仕事の命題みたいな話ですが、実際その通りだと思うので、いろんな政策を調べてみたいと思います。

 

とりあえず、問いを立てるだけ立てといて、この話は終わります。

 

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