親権と子ども
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タイトルの本を読みました。
弁護士の先生二人によって書かれ2017年12月に出版された新書で、大変充実した内容のものです。親権についての基本的な説明のほか、親権を特に意識せざるをえない、離婚と虐待のケースについて詳しく述べられています。
最近起きた事件のように、とても辛い内容も含まれるので、精神状態の良い時に読むことをお勧めします。私も何度も立ち止まりながら、読み進めました。
離婚と虐待は、全く別物のようで、親密性のある家族としての形が歪み、崩れていくという意味では似通った部分があります。
そのとき、子どもの最善の利益を守るために『親権』があります。
字面どおりだと親の権利なのに、なぜ子どものためのものなのでしょうか。
親権とは何か
親権は、民法の第820条に定められています。
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
民法第820条 - Wikibooks
「 監護」とは、身の回りの世話をすること、です。そのなかに広義では教育なども含まれます。離婚時に、親権のなかでも監護する権利、『監護権』をめぐって争われることもあります。
親権は、未成年の子に適用されるものであり、子が成人したり、未成年でも結婚すれば成人とみなされ、親権は終了します。
親権を行う者には、権利だけでなく、義務もあります。民法以外では、学校教育法で義務教育を受けさせる権利もあります。
これらの権利は、全て子どもの利益のためにあります。これが大前提になります。
「しつけ」と「虐待」
親が「しつけ」と称して、子どもに殴る蹴るなどの暴行を振るい、虐待に発展することがあります。
では、「しつけ」と「虐待」の違いはなんでしょうか。
民法の第822条を見てみます。
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。
民法第822条 - Wikibooks
ここでいう『懲戒』とは、子どもを叱責したり打擲したりする、という身体的・精神的な苦痛を与えることで、子の非行を是正するものです。
現民法にもこうした条文が残ってしまってること自体、とても微妙な話ですが、第820条の規定によれば、子どもの利益にならないものは、懲戒ではなく、ただの制裁・体罰です。
「体罰は子どもの利益にならない」という研究結果も多数あることから、身体的な制裁をすることは、この権利の濫用とみなすこともできます。冒頭の著者は明確に、この立場を取っています。
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さらに、著者は、次の表現を引用して体罰がなぜいけないのか?を分かりやすく示しています。
1.体罰は、それをしている大人の感情のはけ口であることが多い
2.体罰は、恐怖感を与えることで子どもの言動をコントロールする
3.体罰は、即効性があるので、他のしつけの方法がわからなくなる
4.体罰は、しばしばエスカレートする
5.体罰は、それを見ているほかの子どもに深い心理的ダメージを与える
6.体罰は、ときに取り返しのつかない事故を引き起こす
森田ゆり『しつけと体罰』
とても分かりやすく、説得力のある言葉です。
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こちらの記事にもありますが、子どもは恐怖からは何も学びません。
実際には、大人も感情的になって子どもに酷いことを言ったり、叩いたりすることもあると思います。人間は間違ったこともたくさんします。子育てはときに過酷で忍耐も求められるものです。
なので、叩いちゃダメと分かっていても叩いてしまうこともあると思います。
でも、ダメだと自覚し、叩いたことを反省しきちんと謝り、そうしないための工夫や別の方法を探ることができるのなら、それもまた親としての成長過程ではないかと思います。
子どもには学ぶ権利もあるし、遊ぶ権利、だらだらする権利もあります。直接的な暴力がなくとも、学校に行かせないというネグレクトも、過度に詰め込み教育をすることも、ときに虐待になります。
間違った考えや認識に基づいた教育によって、子どもの権利が侵害されているのであれば、子どもの発達段階に応じた適切な教育を受けさせるよう、親に促す必要があります。
「虐待」と「親権」
虐待を受けている子どもを助ける「一時保護」の大きな壁になるのが「親権」です。
子どもが健全に育てられるために設けられた権利が、その保護の妨げになってしまうのがなんとも悲しいです。
なぜ、それが壁になってしまうのでしょうか。順を追ってみていきます。
虐待の種類は、下記のように厚労省が分類しています。
児童虐待防止対策 |厚生労働省
これらの虐待を見かけた大人は、児童相談所などに「通告」する義務があります。
第六条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。
児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号)|厚生労働省
「児童虐待を受けたと思われる」児童なので、確信がなくても大丈夫です。判断は児童相談所がすることです。また、110番しても、児童相談所に共有されます(法律上)。
この「通告」から、子どもの保護への道筋が始まります。無関係な一般人にできることは、実際にはここまでです。
その後、下記のような手続きを経て、一時保護に至るようです。
(子ども虐待対応の手引き|厚生労働省 第5章より)
一時保護をした段階で、親権はまだ親のもとにありますが、児童相談所の所長は、保護者の引き取りを拒むことができます。また、適切な治療を受けさせたり、養育することができ、親権者がそれを不当に妨げてはいけない、としています。
一時保護期間は、強制的に子どもを守ることができますが、その間にも親への関わりが重要になります。親は、無理やり引き離した児童相談所に不信感を抱いています。
「人さらいだ!」と敵対視している相手に、虐待をしない家庭環境を整えるよう指導することは、大変困難なことです。児童相談所は、その困難さに立ち向かいつつ、子どもの安全の確保に全力を尽くしています。
そして、一時保護から長期的な里親委託などを行うには、家庭裁判所の承認が必要になります。
裁判所|児童虐待-家庭裁判所のかかわり-
このいわゆる『児童福祉法28条措置』という家裁の審判は、長期的に親から子を引き離す強い決定力を持つためなのか、確実に虐待がある、という状況でなければ通らないようです。
先日の虐待死の事件でも、香川の児童相談所はおそらく通らないだろうと判断し、この措置を取らなかったようです。専門家の判断なので、この選択が正しかったのかどうかは私にはわかりません。幼稚園に通っていることで、定期的に社会とのつながりが持てる(監視できる)ということもあったようです。
「パパ、ママいらん」でも「帰りたい」 亡くなった5歳児が、児相で語っていたこと
その後、東京に転居し、幼稚園にも通わせず社会とのつながりも絶たれてしまった、というところあたりが、この事件の明暗を分けたところだったと思います。ある意味では親が狡猾だった、とも言えます。
各関係機関が緊密に連携し適切な対応を取る、というのは制度上はすでに確立されています。通告後、『要保護児童対策協議会』というものが設置され、そこに必要な関係者が加わります。
(要保護児童対策協議会の概要)
関係機関が、早期発見・早期の解決に向けて迅速に動くことはもちろん、数年にわたって観察・指導・保護といったケアをしていく必要もあります。独立の機関だけでは人的にも権限的にも、それは不可能であり、複数機関が連携して取り組まなければ、子どもを救うことはできません。
「要保護児童対策地域協議会(子どもを守る地域ネットワーク)スタートアップマニュアル」の公表について|厚生労働省
それでも、なお「親権を奪う」ということは慎重に行われることとなっており、子どもは本来「親に育てられる権利」を持っているのです。
子どもは、必ず産みの親がいます。国連が定め、日本も批准している『児童の権利に関する条約』では、
児童は、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する(第7条)
児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する(第9条)
「児童の権利に関する条約」全文
ということが、書かれています。子どもが親に育てられる権利は尊重されるべきものなのです。
ただし、第9条では、
ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りでない。このような決定は、父母が児童を虐待し若しくは放置する場合(略)において必要となることがある。
としています。全ては、児童の最善の利益のために優先されます。
また、「親権の停止」という手続きもあります。
児童相談所長には、親権停止の審判を家庭裁判所に申し立てる権限が認められています。また、医療ネグレクト(手術の必要な子どもに対し、親が同意しない)ケースでもこの親権停止の手続きが利用されます。
「親権喪失」という親権を失わせる最も重い手続きは、実際に行われるケースは少ない、という状況から、より簡易的な手続きである「親権停止」の手続きが新たに設けられています。親権停止もまた、2年という期限付きのものです。これらの手続きにいちいち期限が設けられているのは、親の更生を期待しているからです。
(参考)児童虐待から子どもを守るための 民法の「親権制限制度」 | 暮らしに役立つ情報 | 政府広報オンライン
実際には、親権停止の手続きが取られる件数はまだ少ないようです。親権停止後も、2年の間に児童相談所は保護者と向き合わなければなりません。2年の期限後、再申請しなければ、子どもは親の元に戻らなければならないからです。
(裁判所|児童福祉法28条事件の動向と事件処理の実情)
子どもの最善の利益のために
繰り返し、このフレーズが立ち現れます。未成年の子どもは未熟な存在ですが、一人の人間として人権をもった存在です。
一方で、子どもは大人に迎合しがちな特性があり、誘導的な質問に流されやすく、虐待されてもなお優しくされたときの気持ちを思い出し、親に会いたいという気持ちが生じることもあります。
だからこそ、正確な子どもの気持ちを把握しつつ、子どもの気持ちを尊重しつつ、その安全を確保することに難しさがあるのだと思います。
『子どもの最善の利益のために』というのは判断に迷ったときに、必ず思い出さなければならないキーフレーズです。
社会的養護としての受け皿たる公的機関は連携をとりながら、できる限りすべての子どもを掬い取ろうとしています。けれども、どうしてもこぼれ落ちてしまう子もいます。
そうしたとき、社会の構成員である私たちが、多少なりとも知識を身につけ、適切な機関へつなげることができれば、救われる子が少しでも増えるのではないかと思います。
NPO法人フローレンスの駒崎弘樹さんやサイボウズの青野慶久さん等が発起人となり、具体的な政策提言のための署名を行っています。
単純に児相の「マンパワー不足」だけが問題ではないですが、法的措置に踏み切れない組織構造なども十分理解した上での提言かと思われます。内容の賛否はあろうかと思いますが、こうした具体的な行動はできる限り支援したいと思います。「もう一人も虐待で死なせたくない」という気持ちは、私も同じです。
www.huffingtonpost.jp
<参考リンク>※記事中のものと重複するものもあります
政策レポート(児童虐待関係の最新の法律改正について)|厚生労働省
裁判所|児童虐待-家庭裁判所のかかわり-
児童虐待から子どもを守るための 民法の「親権制限制度」 | 暮らしに役立つ情報 | 政府広報オンライン
児童虐待防止対策 |厚生労働省
子どもの虐待について | オレンジリボン運動 - 子ども虐待防止
児童虐待、いじめ、ひきこもり、不登校等についての相談・通報窓口 - 内閣府
平成29年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況について|警察庁Webサイト
社会保障研究【特集:要保護児童支援の現状と課題:国際比較からの示唆】