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地域と子育て-京大卒の主夫

京大は出たけれど、家庭に入った主夫の話

意識低い系の主夫

主夫

少し、もやもやを綴ります。

 

皆さんは意識高い系ですか?私は低い系です。

 

偉そうにこんなブログを書きながら、うつ病の療養中って言って甘えて、低気圧になったらふとんに籠るし、家事もサボるし、ネットサーフィンもします。

 

子どもの育児も、iPadで「しまじろう」見せたり、いろんなアプリで好きに遊んでもらってたり、twitter片手にプリキュア見たり。

(※このアプリ、おすすめです。お金かかるけど) 

 

でも、「主夫」って名乗っている以上、「なんか意識高くないといけない」気がするんですよね。

その意識高くないといけない、みたいなプレッシャーは専業主婦の方もやはり同様に感じているでしょう。

 

単純に「稼ぎ」が無い。そのことが、せめて家事はしっかりやらないと、という気持ちに結びつきます。

そりゃ当たり前だろ、それが主夫の仕事なんだから、という意見もその通りです。

 

でも、誰だって楽がしたい。

ワークライフバランスの整った生活がしたい。

 

意識の高い主夫の方々、本当に尊敬していますし、全く否定しませんが、「こいつらワーカホリックだ」と思う節があります。

 

ファザーリングジャパンという「Fathering=父親であることを楽しもう」という非常に意識の高い理念をもったNPO法人があります。

NPO法人ファザーリング・ジャパン | 笑っている父親になろう! 父親の育児・家事・夫婦関係・子育て・働き方を支援します。

私も会員なので、その関西支部の方、本部役員の方、スピンオフで結成されたという「主夫の友」の方、さまざまな父親業の人と知り合う機会があります。

皆さん総じてアクティブで有能、優秀な方が多く、バリバリ働いて、バリバリ父親をやっています。

前回のエントリでも紹介しましたが、地域活動をはじめNPOの活動も積極的に行い、情報発信している主夫の方もいます。

 

FJの活動はとても賛同しているのですが、その活動の輪に入っていくのにしんどさ、辛さを感じるときがあります。

意識高い」というかリア充さに嫌悪感があるのかもしれません。

なかなかその「リア充」の集まりに入っていくことができず、私は一人こうしてブログを更新しています。

 

父親であること」が「家庭での仕事」という位置づけになっていて、ワークライフバランス」なんて言葉はあるけれど、「ワークワークバランス」になっていないか?と思うことがあります。

それは、共働き家庭の母親にも同様に言えることです。

家でも会社でも「仕事」をして、燃え尽きてしまう。本当の「ライフ」はどこにあるのか?

 

一度も読んだことないけど、母のライフはもうゼロ~みたいなタイトルのブログがあります。

このタイトルが、上記の状況のことを示していて「私のライフはどこ?」という意味合いだとしたら非常に秀逸だなあと思っています。(たぶん、ただの遊戯王のパクリですが)

 

このもやもやは「仕事」をどのようにとらえるのかというところから、考えるべきなのかもしれません。

 

で、いま下記の本を読んでいます。

仕事の人類学―労働中心主義の向こうへ

仕事の人類学―労働中心主義の向こうへ

 

(※4000円するので、図書館で借りることをオススメします) 

 

「仕事」と「仕事でないもの」の境界はなにか。 

それらは本来区別されるものなのか。

そんな問題意識から人類学の視点で、労働を捉え直しています。

 

面白いのは、人類学の本らしく、労働が概念化された文化・文明以外の調査レポートが豊富で、通常、仕事や労働の概念では語られない一連の営みについて目が向けられていることです。

また、女性の執筆者が多いからなのか、かなりジェンダー視点を含んだ内容となっており、「(男性を含む)家庭での仕事」についても多く言及されています。

「仕事」を明確に区別し、そこに価値を見出す世界で生きていると、見えなくなる価値観や世界観に触れることができます。

 

 

話を戻します。

 

主夫をしていると、「仕事」は生活の延長上、あるいはその一部としてつながったものとして存在しています。

 

様々な断片的な仕事の合間、そのさなかに、twitterを眺めたり、昼のワイドショーを見たり、買い物ついでにおやつを買ったり。

非効率的なようで、毎日続く生活である以上、そのなかに溶け込ませてしまったほうがラクなこともあります。

 

あるいは、幼稚園や保育園の帰り、ママたちが集まっておしゃべりをしているのは、本当にだらだらとおしゃべりしているだけの「遊び」なのか、それとも地域社会で生き抜くための情報戦であり、高度な政治的判断を伴う「仕事」なのか。

 

「仕事」をしているのか、遊んでいるのか、客観的に見たときによく分からない。

そんなことも主夫をしているとよくあります。

 

かと言って、全てを「仕事」として捉えると息が詰まるなぁと思っています。「仕事」ってなんか面倒じゃないですか。

 

「主夫」として頑張っていないと。「イクメン」として頑張っていないと。ってなんでも頑張らせるのも一周回ってみると疲れてきます。

「輝く女性」みたいなもんですね。誰もがキラキラした世界なんて、僕は嫌です。

 

旅するように暮らしたい。遊ぶように仕事がしたい。死ぬように生きていたい。

意識低い系の主夫でありたい。

 

そんなことを意識して、主夫しています。

 

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(※ダイソーで買った200円のボックスです。図書館で借りた本を入れています)