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地域と子育て-京大卒の主夫

京大は出たけれど、家庭に入った主夫の話

主夫と健康保険の話。妻の扶養に入るには?

 

「主夫 健康保険」でGoogle検索をされた皆さん、あるいは妻の扶養に入りたいと思っている皆さん、こんにちは。

 

タイトルどおり、主夫と健康保険のいい関係についてお話します。

 

 

「扶養に入る」とは?

奥さんが、フルタイムの正社員として働いている場合、一般に専業主婦の方がダンナさんの扶養に入るのと同じように、専業主夫の方も健康保険の扶養家族に入ることができます。

 

一応、そもそも「扶養に入る」とは?というところを説明します。

 

「扶養に入る」という言葉の扶養には、「所得税の控除対象としての扶養家族(配偶者)」と「健康保険の被保険者の扶養家族(配偶者)」の2種類があります。

 

所得税の控除対象として認められれば、勤めているパートナーが年間に納める所得税の額が控除されます。

控除の条件の代表的なものとして、「年間の所得(収入103万円ー65万円)が38万円以下」が挙げられます。

いわゆる103万円の壁です。

 

一方、健康保険の被扶養者の条件は、「年間収入が130万円未満」であり、これがいわゆる130万円の壁です。

 

それぞれ、区別しなければならない点としては、基本的に収入はその年の1~12月の合計で計算、ただし103万円は年末時点での金額で計算、130万円は年間の収入見込みで判断、となります。

ちょっとややこしいですね。

とりあえず、健康保険の話のみ続けます。

 

※話を分かりやすくするため、ここでは収入要件のみ示しています。

 

主夫が扶養に入る場合の相違点

基本的な手続きや資格要件は、男女関係なく同じです。ところが、男性が配偶者として扶養に入る場合には、提出書類が増えるケースがあります(※加入する健康保険組合によりますが)。

会社等を退職し、配偶者の扶養に入る場合、扶養異動届(妻の会社でもらう)・離職したことが分かるもの(退職時にもらう離職票・退職通知)が必要です。

しかし、男性が扶養に入る場合には「本当に収入が無いことを証明してください」というムチャを言われることがあります。(※労務経験上、女性の扶養加入で言われたことは無いです。)

 

そのために、退職時の源泉徴収票無職証明書(民生委員に依頼)などを追加で添付します。

市役所が作成する課税証明書を提出する場合もありますが、これに関しては記載された所得額が前年度の所得ですので、前年から休職等で働いていない場合のみ有効です。

基本的には、男性が稼ぎ手で、無収入の状況なんておかしい、という古い考えから、こうしたケースがあるようです。

 

主夫と健康診断

健康保険の被保険者は、年に一度健康診断を受けることができます。受けてないって人はぜひ受けてください。何もなければすぐに終わる定期的な健康診断ですが、やはり病気の早期発見には欠かせません。

飲み会が多い、無茶な勤務が多い会社は特に、です。

 

一方、その配偶者は健康診断を受けることができるのでしょうか。健康保険組合によっては、春または秋に婦人健診を実施しているところもあります。基本的には無料で受けられます。

しかし、これ、婦人健診です。男性は受けることができません。

そのため、男性である主夫が健康診断を受ける場合には、自費で病院に全額を支払うことになります。

費用は、検査項目によって異なりますが、相場としては9000円~15000円の間です。

 

これだからマイノリティの主夫は・・・とまとめたいところですが、安心してください。

40歳以上の方であれば、特定健診という健康診断を受けることが可能です。

こちらは、いわゆる「メタボ健診」と呼ばれるもので、生活習慣病のための検査と相談を行います。バリウム飲んだり、とかはありませんが、採血や尿検査等はしてもらえるので、お酒の飲みすぎ食生活の乱れなどの適切な判断は可能です。

これは、無料で受けられる・・・といいのですが、協会けんぽの場合補助の上限額が決められており、1500円程度の自己負担が発生します。その他の健康保険組合では無料のところもあります。

40歳以上になれば、そうした案内が届くはずなので、必ず受けるようにしてください。

 

でも、早くに主夫になった人、私も特定健診の対象年齢まで10年近くあります(毎週、心療内科に通院はしていますが)。

その間、なにも健診を受けないのも不安ですよね。多少、費用を自己負担してでも、受けるべきかな、と思います。

 

扶養に入りづらい?

男性が退職した後、次の仕事がきまっていれば無職期間があっても、妻の扶養に入ることは少ないと思います。

「主夫になる!」と決めて長期間働かないことをあらかじめ固く決意している場合はともかく、多くの人はもしかしたらすぐ働くかもしれないし・・・、と扶養に入ることを躊躇われるかと思います。

「妻の扶養に入る」ことへの抵抗感は、共働きで男女の性別役割が無いといっても、多少なりとも感じてしまって仕方がないものです

実際、主夫どうしの会話のなかで、この話題が上がることはよくあります。 

 

しかし、入らない場合、国民健康保険国民年金の両方を負担するため、それなりにまとまった額を毎月支払うことになります。

世帯収入による減免措置もありますが、これもやはり前年度所得も含めて判断されるため、もともと共働きであった場合などは減免審査が通らないことも多いです。

あまり気にせず、仮に短い期間であっても、入れるものには入っておきましょう。こうした節約も主夫の仕事の一つです。

 

減免申請って?

前年収入から見込み所得が大幅に低下する場合、国民健康保険国民年金・住民税などの支払額を低減することができます。

自治体によって基準が異なるので、またこれも窓口で確認してください。面倒なのが、健保・年金・税のそれぞれで窓口が異なり、それぞれで事情を説明し申請しなければならないところです。

縦割りか!と舌打ちしたくなりますが、あくまで低姿勢でいきましょう。

 

ちなみに、鬱などで保育園なども継続的に通わせる場合は、保育料の延納申請、減額申請も可能です。

特に保育料については、子ども子育て支援法の施行により、前年の住民税の課税額をベース(つまり前々年の収入額!)に、その年の4~8月分の保育料が判断されます。

(※自治体ごとに運用を確認してください)

そのため、減免申請をしなければ、高い負担額が長期間にわたって適用されることとなります。もちろん、こちらから申請しない以上、向こうから打診されることも一切ないので、知識が無ければどうしようもありません。

こちらは比較的通りやすく、通れば申請した月から減免が適用されるため、早めに窓口に相談し、申請することをお勧めします。

あ、もちろんこれは保育課の窓口ですので、お間違いなく。他の窓口では教えてもらえません(というか職員も知らないのでは)。

 

 

とりあえず、こんなところでしょうか。様々な制度が複雑化しており、職務に就いている人も混乱している部分もあると思います。担当者の勘違いなどもよくある世界です。

「すでについていけない、自分で手続き無理、誰か助けて!」という場合、地域の民生委員や福祉委員、場合によっては市議等に助けを求めることも可能です。

私の場合、たまたま市議に相談できて、市役所の会議室にわざわざ課長さんクラスの職員さんが対応してくださるという何とも素敵なことがありましたので、こういうときにも地域のリソースを活用してみてください。

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絵本の探し方

某絵本のエントリが話題になっていたので、絵本のはなしです。

 

※この絵本についての言及はしません。個人的には嫌いな絵本です。

topisyu.hatenablog.com

 

 死について書かれた本については、最近話題のこちらをオススメしておきます。

このあと どうしちゃおう

このあと どうしちゃおう

 

 

さて、エントリの最後に、どうやって絵本を探せばいいか、という話題があるので、そちらを深堀りします。

引用したエントリでは、図書館のほか、絵本ナビと福音館書店の『子どものとも』を挙げています。

 

図書館

私も、まずは図書館を第一にオススメします。

絵本が試し読みできること、無料で借りれること、オススメの絵本を気軽に相談できること、季節に合わせたオススメの絵本が配架されてること、図書館に行く習慣、図書館で過ごす習慣をつけることで読書体験を自然のものにすること、などそのメリットは数え切れません。

 

何より、絵本は多くのものが、丈夫なつくりでフルカラーと単価が高い一方、昔ながらの名作が多く、それらは図書館に溢れているので、改めて新刊本を買う必要性は少ないし、キリがないと思っています。

 

定期購読サービス

絵本ナビも年齢別・テーマ別等にオススメの絵本が紹介されています。

そのほか、ランキングなどもありますが、その機能はあまりオススメしません。理由は例の本のようにベストセラーだからといって、(自分たちにとって)良い本とは限らないからです。

 

こどものとも』も、毎月届く配本サービスですが、そのほかにもさまざまな絵本の定期購読サービスがあります。

クレヨンハウス、絵本ナビなどの購読サービスがその代表的なものですが、これらのサービスを活用するのもアリですし、活用しなくてもそのサービスの選書を参考に、図書館で探して借りるのでもいいと思います。

活用するなら、「こどものとも」が420円/月と安いので、オススメですが。安い理由はハードカバーではないからです。

 

これらの絵本サービスで届けられるものは、それこそ厳選されたオススメの絵本なので、まず間違いないと思います。

www.crayonhouse.co.jp

club.ehonnavi.net

 

絵本の本

自分の読書体験から、私は好きな作家のオススメの本を読み、またそのオススメ本を読みということを繰り返し、大まかな本の系譜をつかんできました。

絵本も同様に、多くを読んでいるとオススメの作家、あるいは出版社などが見つかり、それらの作家のオススメ絵本を読む、というのも面白いと思います。

 

ここのところ、おすすめの絵本について書かれた「絵本の本」が多く出版されています。

絵本に精通した絵本好きの人が書いた本なので、信頼性も高いと思われますし、下記に紹介する本は全てオススメしておきます。

 

絵本といっしょに まっすぐまっすぐ

絵本といっしょに まっすぐまっすぐ

 

京都の絵本屋さん「メリーゴーランド京都」 の店主、鈴木潤さんのブログ記事をまとめた単行本。日常の日記になぞらえて、絵本を紹介されています。メリーゴーランド京都のお店に置かれている絵本のセレクト自体とても素晴らしいのですが、その店主である鈴木さんの薦める絵本ということで、大いに参考にしてよいと思います。

 

絵本のはなし (MOE BOOKS)

絵本のはなし (MOE BOOKS)

 

 個人的に大好きな女優、菊池亜希子さんのエッセイ『絵本のはなし』。この人の書く端的な文化系女子な文章は好きなんですが、絵本の影響も大きいのだと思います。彼女のオススメ絵本が紹介されています。女子ウケがいい選書であることはご了承ください。

 

小さな本の大きな世界

小さな本の大きな世界

 

昨年亡くなられてしまった詩人の長田弘さんですが、 絵本にまつわるエッセイをいくつも残しています。それらを『金曜日の砂糖ちゃん』などの代表作で知られ、独特な雰囲気の絵と文章が特徴な絵本作家、酒井駒子さんの絵とともに、収めています。

 

絵本に魅せられて

絵本に魅せられて

 

こぐまちゃんシリーズや『わたしのワンピース』 などベストセラー絵本を出した「こぐま社」の創業者佐藤英和氏による絵本論です。絵本論なので、絵本の紹介はメインではありませんが、「いい絵本とは?」という視点を得ることは絵本を選ぶ際におおいに参考になるのでは、と思います。

 

上記、全て2016年に出版された本、というのが興味深いところです。なんなんでしょう、今年の各社の絵本推し。

 

定期的にMOEやBRUTUS等の雑誌でオススメ絵本100冊みたいな特集もありますが、商業誌のまとめたようないかにもな選書は結局読まないことも多いんで、こういう各々の思い入れの強い単行本をオススメします。

 

なんにせよ、どんな絵本が子どもにぐっとくるものなのか、大人では分からないことが多いです。

特に0歳~1、2歳向けの絵本なんて、どうしてこれがウケるんだ?!みたいな驚きの絵本がたくさんあります。そうした絵本を自分の感覚だけで探すのは不可能です。

今もド定番な『ぐりとぐら』は1967年の刊行、『はらぺこあおむし』は1969年生まれです。新しい絵本じゃなくても、読み継がれていくのが絵本の世界でもあり、先人の知恵を大いに活用するのが一番です。

 

Amazonのリンクが多くて申し訳ありませんが、どうぞお見逃しください。気になる方はどうぞ別タブから。

 

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(※写真を撮ろうとしたら隠れた娘)

 

※追記

すみません、最後に孫引きですが、『絵本に魅せられて』のなかで佐藤さんがポール・アザールの『本・子ども・大人』の一節を紹介されているのでそちらを少し引用します。

幼い子どもたちは自分でものを食べ、自分で着物を着ることもできないし、また時間をかけて教わらなければなにひとつ作ることもできないが、しかし、いったんこうと決めた以上は実に強情である。

彼らが欲しいのは、まさしくあそこにあるあの本であって、その隣にある本ではない。子どもたちはみんな、その本を欲しがっている。彼らはそれを掴み、握りしめ、それに自分の名前を書き込んで、自分のもの、自分の財産にするのである。

たとえそれが彼らのために書かれた物語でなくても、かまいはしない。そんなことは、彼らにとってどうでもよいことなのだから。

要するに、それが、彼らを魅惑する本であるかどうかが問題なのだ。

 (『絵本に魅せられて』p.12)

主夫の評価と目標管理

記事数も少なく、大した書いてないのに、意外とアクセスある(はてなアクセス解析しか見てないけど)はてなブログが不思議です。

 

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(※海と娘です)

 

主夫の評価 

タイトルの話題ですが、まず主夫って評価されにくいんです、という愚痴から始めます。

 

周りから「働いてないの?もったいない」って言われるし、ヒマでしょ?って言われるし、大したことしてないでしょって思っている男とこんなに頑張っている私って訴える女との言い合いなんてそこらじゅうで起きているし。

 

じゃあ、何かしらの評価基準ってないだろうか?というのがこのエントリの趣旨です。

 

主婦・主夫の年収議論

よくある「主婦の年収」議論を先にします。

何度も繰り返されている今さらな話題ですが、先日のマイナビの意識調査では次のような結果だったようです。

 

0円ってひどくない!? 専業主婦の妥当な年収っていくら?|「マイナビウーマン」

男性の回答で0円が一番多いという話でした。

 

赤木智弘という人はこんなことを言っています。

blogos.com

一見すると主婦をdisっているようですが、落ち着いてください。いいことも言っています。

「主婦の労働に金銭的価値を付ける」という行為そのものが、実は「給料が高いほど重要な人間である」という前提を包有した「罠」であることに気づくことができるはずだ。この罠に引っかかる限り、男は主婦を見下すし、主婦自身の自虐も無くなることはない。

「家事労働に賃金を」というフェミニズムの本がありますが、その主張はまさに上記の通りかと思います(この本はタイトルで誤解されがちですが)。

赤木さんは反フェミな人だと思いますが、金銭的価値(市場)によって囚われる思想から脱せよ、というメッセージはフェミニスト自身からも発信されているものです。

 

ともかく、きれいごとを承知の上でいえば、年収って客観的に分かりやすいことからよく指標にされますが、その人の人間的価値が年収によって決まるわけでもありません。

 

ということで「主婦の年収」議論は主婦・主夫の価値を考えるうえで実際には何の役にも立たない、ということをまずここで前提としておきたいと思います。

そのうえで、それでは「どうしたら主婦・主夫の価値は図れるのか」というところを考えてみたいと思います。

 

主夫の仕事とは 

主婦・主夫の仕事は家事です。ここでは家事を、「稼ぐ」以外の家庭内のアンペイドワーク無償労働)全てと定義します。

個人的に私は、家事を会社でいうところの間接部門の仕事だととらえています。

生産や売上(稼ぎ)に直接寄与することはありませんが、社内環境の充実(旨い飯ときれいな室内)と適切な備品管理(買い物・整理整頓)を行い、稼ぎ手にはメインの業務に集中してもらう環境を作る。

財務状況を把握し(金銭管理)、適切な投資判断(旅行や趣味・家電の購入等)ができるようにし、その効果(満足度・幸福度)を最大化する。

こうした間接部門(主夫の働き)があって、初めて営業職や技術職(稼ぐ人)が、メイン以外の書類作成等に追われることなく、専門業務に集中できるのだと思っています。

 

それでは、こうした間接部門の人たちはどのようにその評価を決められているのでしょうか。

 

評価基準と目標管理制度

年功によって上がっていく面もありますが、基本的には会社組織における評価によって、その人の収入は決まります。

成果主義の人事評価が一般的になって以降、多くの会社では目標管理制度(Management by Objectives)あるいはそれに類似する評価制度が作られていると思います。

 

会社組織にはその会社の目指すビジョン、企業目標が掲げられています。

そのビジョンを実現するために、各部門がそれぞれ目標を設定し組織として動いています。

一人ひとりの個人はどのように目標を定め達成すれば、組織の目標の実現ができるかを業務レベルで具体的に考えます。

 

そして、その部門の責任者はそれぞれの能力、やる気などを踏まえ各個人の定めた目標設定で自部門の目標が達成できるかどうか、等を判断し各自とコミュニケーションを取りながら、マネジメントします。

自分の立てた目標は会社の目標につながっていて、自分の成果が会社の業績とつながっているのだ、と気づかせることが、目標管理制度の一つのポイントになります。

 

導入したものの趣旨が十分伝わらず効果的に運用できていない企業も多く、問題点も多々指摘されてはいるものの、自主性を育み教育効果が高いことや、業績との連動評価がしやすいことなどで、各企業にあった様々な形で取り入れています。

 

バックオフィス部門での目標管理においては、「定量的な目標が設定しづらく、成果が見えにくい」という問題が一つあります。

 

目標設定においては通常具体的な数字を示すため、営業等であれば契約件数○件/月などといった目標を立てやすいのですが、間接部門の場合、クレーム件数を○件に抑える、経費を○%削減、処理時間の短縮、などといった数値目標になります。

そのほか、新制度の導入・システムの変更などといった定性的な評価基準もありますが、それも導入後の効果を測ることが前提となります。

 

これを「家事」に当てはめてみたいと思います。

 

 主夫の目標管理

家庭内の年度目標は、「貯金○○円!」「海外旅行に行く!」「子どもの受験に注力」など様々だと思いますが、下記は具体的な主夫個人の行動目標をいくつか、思いつくままに書いてみます。

 

・各種支出の削減

目標:食費を月3万円以内に抑える

具体策:週の初めにメニュー表を作成し必要な食材のみ効率的に消費

効果:無駄な支出の削減・献立の可視化

難易度:普通

 

・家計簿の記入時間短縮

目標:1日10分以内

具体策:マネーフォワード導入・少額決済はEdy・その他はクレカ

効果:家計簿の自動化により記入時間短縮、その時間を家計分析に

難易度:易しい

 

・PTA活動の縮減・効率化

目標:PTAの会議回数を削減・連絡手段の電子化

具体策:役員会で提案、配信メールサービスorグループウェアの導入

効果:コミュニケーションを維持したまま不必要な会議を無くし意味ある活動の時間や家庭内の時間に活用

難易度:難しい

(※自部署内で完結しない業務は難易度高めです・・・) 

 

・押入れの収納の改造・スペース活用

目標:タンスを一つ減らす

具体策:押入れ内に棚取付・襖→カーテンに変更し空間を有効利用

効果:押入れ内の収納力アップ、タンスを処分し広い空間を確保、日々の出し入れの効率化も

難易度:易しい

 

等、でしょうか。

こうした目標を設定し、それぞれ達成したかどうか等によって評価を決めれば、主夫としての価値は可視化されるのではと思います。

 

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(※いつか焼いたクッキーです)

 

評価基準を可視化すること

一般に年収の議論はよくされるものの、働く人がどのように評価されていて、その評価を主夫に照らしてみるとどうなるの?という議論があまりなされていないように感じられたので、思考実験として記事にしてみました。

 

ぶっちゃけた話、そんな面倒なことやってられっか!というお叱りの声が届きそうですが、その通りです。べつにやらなくていいと思います。

 

ここに挙げた事例はあくまで妄想の世界の参考であって、普段見えづらく分かりにくい主夫の仕事(とその価値)を見える化しただけです。

こうして評価基準を可視化すると、主夫の仕事の価値も見えてくるのではないでしょうか。

 

 

人事面談がめんどくさい、目標設定やりたくない。働いている人からはそんな声がよく聞こえてきます。

主夫は個人事業主みたいなものなので、そんなものはありませんが、働く人にとっては、厳しい目にさらされながら評価されることもまたストレスなわけです。

 

なんで評価されないの?という主婦たちの声はもっともですが、「評価されること」っていうのは、なかなかしんどいことでもあります。

 

 

「主婦」対「サラリーマン」のこうした議論は、結局のところ不毛なものが多いのが残念で、金銭的な価値の議論に回収されがちなのもまた残念です。

 

主婦・主夫の仕事は、それぞれの家庭で最適な生活環境を整えつつ、家族の幸福を最大化するとても貴い仕事だと思います。

兼業であれ、専業であれ、そうした仕事に対しては敬意を払いたいし、本来であれば労働の下位に置かれるべきではなく、それに見合うべき対価(社会的評価も含め)があればなぁと思います。

 

少し長くなりましたが、以上です。

 

「京大出て専業主婦なんてもったいない」なんてブログを書く人は何を求めているのか

 

京大を出て専業主夫になった私ですが、片手間に書きます。

 

先日、キャッチ―なタイトルで注目を集め、「何ムキになってんのw」とツンデレよろしく村民をぶった切って平常運転に戻ったブログがありました。

seramayo.hatenablog.com

(※6/4追記 現在はブログごと削除されたようです。良い過去記事もたくさんあったのでどこかに移管されてると良いのですが…)

 

 

一字違うだけの同じセリフをよく言われるので、共感するところもある内容ではありました。

 

「もったいない」ってよく言われてきたなぁ、と改めて思いますが、主夫になる前のほうがよく言われていました。

 

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※いつか作ったパンです。

 

 

新卒ではじめに入った会社は、設立8年目の小さな会社でした。

志望動機を問われる意図ではなく、「なんで(京大出たのに)ウチの会社に?」と幾度となく聞かれてきた気がします。

 

当時、就職活動が面倒で、一回の面接で内定出してくれた会社に好感が持てたし、自分の興味のある分野で、希望の勤務地と職種で働けて、同期も先輩もいい人いっぱいで、給料もそれなりって、自分にとってはとてもいい会社だったんだけど、いちいち説明するのも面倒で「まぁ不思議ですよねー」って。

 

その次に転職した会社でも、同じことを言われました。

その会社で、体を壊して、専業主夫になったのですが。

 

主夫になってからは・・・

ケース1 地元の友達

主夫になってから、中学の同窓会があり、地元の友達に会ったのですが、「今何してんの?」「主夫。」と返したところで、

「えー、私と一緒じゃん!大変じゃない?!」「働けw」みたいな声が多くて、「もったいない」なんてあまり言われませんでした。

田舎には、高校卒業してすぐに専業主婦になった子も多く、いろいろ主婦の話を聞いて盛り上がりました。

大学受験を経験していないと、京大って名前は知っててもどのくらいすごいのか分からない。もったいないかどうかも判断つかない。自分も当時、過去問見るまでこんな難しいなんて知らなかったし。

頭のいい子もやんちゃな子も皆すっかり落ち着いて主婦。昔よりずっとフラットに話せて居心地が良かったです。

 

ケース2 大学の友達

大学の友達なので、当然ほとんどが京大卒なんですが、変な人が多いので主夫してる自分はまだ普通なほうだと思っています。

まだ学生してる人も多いし、パートナーの稼ぎを頼りに研究してる人もいる。卒業後の進路がみんな多様すぎて、「主夫や主婦・家事見習い(無職)」なんてその中の一つに過ぎない、という共通認識ができている気がします。

地頭がいい人も多く、「夫婦でうまくやってるならいいよね」で終この話題はさらっと終わり、そのあとは別の話題に移っていく、という感じで、とりわけフォーカスされることが無いです。

 

ケース3 自分の親

たぶん、これが一番言われるんじゃないかと思います。

そりゃそうだ。目いっぱい塾代やらつぎ込んで、学生時代も仕送りして卒業させたのに、主夫してるなんて、(私のお金が)もったいない。

せっかくいい大学にやったのに、いい会社に行かず挙句の果てに主夫とは(いい会社に行けるチャンスを逃して?)もったいない。

そんな直接的には言いませんが、上記の気持ちをにじませつつ、私の奥さんに申し訳ない申し訳ない、と思っているようです。

死ぬよりマシだと思ってくれるしかないです。ごめんなさい。

 

ケース4 その他の人

仲のいい人ほど、「もったいない」なんてことは言いません。事情も知ってるし、いい加減な自分の性格もよく知ってくれているので。

おそらく属性でしか私を知らない人、それほど親しくない人から、よく言われるのかな、と思っています。そういう場合もあまり直接は言われず、こんな風に言ってたよ、ていうのを後で聞いたり見たりするのですが。

主夫になる前のほうが、よく言われてきたのは、関係性が希薄な(肩書や属性で判断しがちな)ビジネスの場でのことだったからだと思います。

 

「常識に囚われない私」の美化

「もったいない」って言われると、たしかに「余計なお世話だよ」と嫌な気分になると同時に、「そんな常識に囚われない私」をどこかで誇らしく思う気持ちにもなります。

 

京大特有の性質なのかもしれませんが、想像の斜め上を行くことが好き、という珍しもの好きの雰囲気があります。そのため「京大を出て専業主婦」というのもまた、一種のステータスなのです。

 

当人が、これだけ多くの人が自分のブログに言及することを「面白い」と感じるのなら、「常識に囚われない私」に満足し、悦に浸っているだけではないかと思います。

自分にもこういう気持ちが無いといえば嘘になると思うし、よく炎上するブロガーの中にもこういう気持ちがあるのではないか、と。

先のブログであふれていた承認欲求の正体は、この辺りだと思っています。これが行き過ぎてしまうと、人はアイスケースに入るのです。

 

 

個人的には、専業主婦や専業主夫がもったいないとは全く思いません。

 

教育投資が~という意見もありますが、専業主夫してても、社会に関わり貢献する機会は山ほどありますし、むしろもっと多くの人に会社だけでなく、地域・家庭というところに関わってほしいと思っています。(このブログももともとそういう意図で作りました)

 

大学時代の専門性も、理系学部はまだしも文系学部は殆どの人がそれを活かせずに、営業や経理、人事といった事務仕事に就いているのでは、と思います。

文学部で学んだことは、実社会では全く役に立ちませんでしたが、私の人生をより豊かにし、多くの人との良好な関係を築かせてくれたと思っています。

 

京大卒、という学歴も聞こえはいいですが、人より少し記憶力と要領が良かっただけ、で、コミュ力が高いわけでもないし、手先が器用なわけでもなく、仕事の能力は全く別のものです。

もちろん、記憶力と要領の良さで、一定以上の仕事はできますし、学歴偏重な社会を利用するに越したことはないのですが。

 

もし、問題があるとすれば、専業主婦・主夫をしている期間が、キャリアの断絶と見做されてしまい、会社に戻りにくいことかと思います。その行き来が自由になれば、もっと夫婦間で攻守交替がしやすいのになぁ、と思うばかりです。

 

「専業主婦なんてもったいない」なんて、言われてても気にしないでいればいい、というのはその通りなんですが、そんなブログに煽られても気にしないでいればいいと思います。

 

一方、その後の専業主婦さんのブログをみると(その後数日は続けていました)、ご本人もずいぶんと煽り煽られることに苦悩を感じていたのではないかと思われます。

 

お互いに気にしないで生きるのが、一番いいですね。

 

 

ぼくは猟師になった (新潮文庫)

ぼくは猟師になった (新潮文庫)

 

 

自治会長の仕事、おしまい。定例総会の話

 

全然更新していなかったのですが、タイトル通り、先月の末に定例総会という一年の締めくくりの会みたいなものがありまして、今年度の自治会長としての役を無事に終えました。

次年度の自治会長も同年代の子育て世代の方が担うことになったので、引き継ぎはもちろんのことですが、なるべくサポートしていきたいと思うところで、まだまだ地域とのかかわりは今後ありそうです。

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実際やってる間は更新しづらい

はじめから言い訳です。

自分の悪い癖ですが、実際に自分がいまやっていることを文章にするのって難しいと感じてしまいます。

 

いろんな「あぁこうすればよかった」「こんな失敗してしまったのに偉そうに書けない」「煩わしいこと多くてブログくらい他のこと書きたい」といった負の感情のほうが大きくなってしまい、向き合うことがうまくできませんでした。

 

うつ病の治療がまだ続いていて、特に冬場はその影響がひどいのもあるのですが、ようやく春になって無事に肩の荷もおりて、何か書いてもいいかな、と思えるようになってきました。

 

定例総会で提言したこと

冬以降、地域包括支援センターとのイベントのほか大きな日常イベントもさほど無く、自治会の毎月の会合では、来期以降の活動をどのようにしていくか、ということをずっと話し合っていました。

 

毎年、定例総会で提案される次年度の活動内容なんて、コピー&ペーストで終わらせていたようですが、今年一年やってみて、

・実際に役員の多くが負担を感じていること

・そのせいで役員になりたくない、自治会に入りたくない人がいること

・世帯の高齢化によって役員のなり手が少ないこと

などが明らかになって、問題が分かっている以上、そこを放置させたまま引き継ぎたくない、という思いが強くなりました。

そこで、

・活動内容の縮小・削減

・非日常のイベントではなく日常の助け合いを重視

という2点を強調し、いろいろと見直しを図りました。

 

具体的には、

・夏祭り・BBQなどの非日常イベントの縮小・廃止

・他で代替可能な募金の個別集金の廃止

・出前講座・避難訓練などの日常的な福祉・防災面の強化

などを提案し、さらに次のことを試みました。

 

役員が不在の階・棟も

おそらく多くの団地やマンションで、さらに細かい班や地区、または建物の棟ごとに役員を回したり、階数で回しているところもあると思います。

うちの場合、各棟の階段ごとに一人ずつ選出するルールがあるのですが、どうしても出なかった場合にはそのまま空欄で提出させました。

 

やりたくないって言ってる人に無理にやらせても仕方無いでしょう。

 

実際に、名前だけ出して全く一年会議にも出ず、活動もしない人がいる年もあったようですが、そんなの何の意味があるの?

それだけ役員のなり手がいない、やりたくない人がいる、ということを明確にし、負担軽減が迫られている状態にあることを示したかったという思いもあります。

名前だけ出ているのを見て、「ああ今年も無事に役員がきまったね」では問題の先送りにすぎないと思い、問題を明確にさせました。

 

これには反発も多く、空欄を一度作ると来期以降もこうした事態が起こるという声や、「うちの階段が空欄なんて恥だ!」みたいなお怒りのご高齢者の方の声もありました。”恥”って・・!

それは、たまたま今年はその階段で誰もいなかっただけで、今後どこでも起こりうる問題なんです。あんたが恥じることでもなんでもないただの現実です。

 

シャンシャンとおしまい

いろいろと考えて、なぁなぁにしたくないつもりでいろいろ理論武装したつもりで総会に臨んだのですが、シャンシャンとおわりました。

納得していない人もいたようですが、あれこれ質問してまで止めるほどでもなかったようで。

 

結果的には、無事に終わって良かったというところですが、今後本当に負担が軽減されているかどうかはサポートしながら注視していきたいところです。

 

一年やってみていろいろ良かったなあと思うところも、二度とやりたくないと思うところもありましたが、それはまた別のエントリにして、こういう形式的な会は、とりあえず形に則って終わらせました。