地域と子育て-京大卒の主夫

京大は出たけれど、家庭に入った主夫の話

パートの主夫になりました。

鬱で休職・失職して主夫になった私ですが、最近パートの仕事を始めました。

4か月ほど続いて、来年の3月までの契約更新も済ませたので、これからもある程度は安定しそうなので、ちょっと経緯を整理しようと思います。

 

仕事を辞めてから

辞めたのは、2年前。仕事を辞めてから、主夫になる、と決めたものの、ずっと家の中にいることも辛く、ある程度自分の収入も確保したいという思いもあったので、余裕のあるときに仕事を探して、面接に行っていました。

特に、仕事内容は問わずにいろいろ応募してみたものの、

・長時間働くことができない

・男性なのにブランクがある

・謎の高学歴

・なんか暗い

かなりのクセモノだと思われてしまうのか、派遣でもバイトでもことごとく落とされてしまい、余計に自己嫌悪に陥っていました。

 

そのため、ヤフオクやメルカリで稼いだり、クラウドソーシングで稼いだり、生命保険を解約したりして、家計の足しにしていました。

 

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市の就労支援センターへ

昨年の9月、市役所で就労支援センターのチラシを見かけて、「カウンセリングから求人紹介まで全て無料」ということだったので、登録してみました。

結果として、この就労支援センターが相当手厚く面倒をみてくれました。

 

登録後に、履歴書や職歴書などを持ってカウンセリングをします。

カウンセラーは定年退職後、こちらに雇われた60代の男性でした。

初めの面談で、鬱になって休職したこと、今は主夫をしていること、なかなかバイトにも通らないこと、フルでは働けないこと、などを伝えたところ、非常に理解を示してもらいました。

押しつけがましいところもなく、淡々とこちらの話を傾聴し、自分の中で咀嚼するまで、会話を続けてくれます。

 

一度の面談時間は1時間程度ですが、その面談を週に一度、2か月ほど行いました。回数でいえば10回くらい。

 

その間、こちらは前職での働き方、前々職での出来事や転職経緯など、さまざまなことを話し、そのうえでどういった働き方が向いているのかを、キャリア形成等の書籍の内容をもとに、ひとつひとつ一緒に確認しました。

また、相手の働き方や職場、定年までのキャリア、家庭との関わり方などもたくさん伺いました。(かなり壮絶な働き方をしていたようです・・)

お互いが働き方やキャリアについて話すことで、共感する部分を発見できたり、現状の理解や確認につながったりと、いい面がたくさんありました。

 

そんなことを辛抱強く2か月も続けてくれて、こちらは何もお金払ってないのが申し訳ないくらいでした。

 

おかげで今の自分の働ける範囲を見極めて、適切な求人を探す、という基本的なことをがっちりと固めることができたのだと思います。

 

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2か月限定での仕事

最終的にその年の暮れに、仕事を紹介され、2か月間限定で、お役所仕事に就きました。

・家から自転車で行ける距離

・就労時間は一日6時間・週5日

・期間限定

・主婦多し

・事務仕事

というところが、好ポイント。

期間を限定したことで、明確な終わりが決められ「達成感」が体感できること、が最重要ポイントです。

 

正直、しんどかったです。

冬場だったので、季節要因の体調不良もあり、2か月の間に何度も休みましたし、仕事中に眠って怒られました。

それでも、なんとか2か月やり切ったことで、次もなんか探してみるか、という気持ちになりました。

 

今の仕事

そして、たまたま一般の求人誌で見かけた、今の職場の求人にたどりつきました。

・家から自転車10分(満員電車は吐くので無理)

・スーツ無し(ネクタイも吐く)

・1日4時間、週5日(労働保険以上扶養範囲内)

・主婦多し。(理解者が多い)

・事務職(体力的にこれしか無理)

というところが好ポイント。特に、エクセル使える人求ム、という感じだったので、これならいけそう、と。

 

有名な求人誌からの応募は競争率が高いので、ダメ元で受けましたが、無事に通ってしまって今に至ります。

 

 

業務内容は、営業事務です。(ざっくり言えば)

同僚の大半は同じようなパートの女性で、各部署ごとに数人の営業男性をサポートしています。

一日4時間(昼休憩45分)なので、無理せず続けられ、子どもの急な休みにも対応できます。賃金は最低に近いですが、頻繁に「おみやげ」がもらえるので、家計的に助かっています。

 

ただ、そういったこと以上に、「皆さんと同じふつうのシュフです」と自己紹介した怪しげな30代男性をすんなり受け入れてくれたことに内心驚いています。

男性のパートはここ数十年で、今の部署に限らず初めて、とのこと。配属先のメンバーの平均年齢は高く、50~60代が中心。普段接するのはもちろん全員女性です。

でもそんな女性たちは、とても歓迎してくれ、いつも一緒にランチを食べてくれるばかりか、LINEグループにまで入れてくれました。シュフ同士なので、話もよく合います。

これまで働いてきたベンチャー2社は逆に50代がいない状況でしたが、主夫になって自治会など地域の仕事をしたことで、さらに高齢層と関わってきた経験も活かされてると思います。

上司も幸いに理解があり、短時間勤務でも働ける仕事を与えてくれ、退屈しない程度に工夫を求めてきます。

 

非常に人間関係や環境が良く、正直、こんな条件でよくこんな仕事が見つかったな、と思えるほど運に恵まれています。

 

パートの主夫であること

現状は、体力的にはかなり限界で、4時間しか働いていないのに、夕方まで家で寝ていないといけないくらい疲れてしまいます。

夕方以降の家事は、できる範囲でかなりずぼらに終わらせています。

 

扶養に入っている男性の数は、全国で約11万人と言われています。何らかの事情で、長時間働けない、扶養に入らざるを得ない男性は意外と多いことが分かります。

 

パート等の非正規で働く環境も、扶養という制度自体も、これまでの社会のなかで作られ、守られてきたもので、今となっては弊害になっていることも多いと思いますが、それでも先人の女性たちが切り開いて作り上げてきた今の職場のような環境は、それを自ら望んでいる男性の主夫にとってもありがたいものです。

その環境に男性が乗っかることに賛否はあるかもしれませんし、本人の望まない非正規雇用は改善すべきですが、個人的には男性の時短勤務あるいはパートといった働き方は一つの選択肢として増えていいと思っています。

夫婦でどちらかが仕事をセーブしなければならないときに、女性だけがその役割を担う必要もないし、男性の働き方にそうした前例がないために無理して働かざるを得ないケースも多々あるでしょう。

 

今後、いつまで契約が継続されるか分かりませんが、使ってもらえるうちは使ってもらい、体力的にも余裕ができれば、空いた時間に他の仕事をやりたいと思っています。

 

いろいろ環境の変化はありますが、気分の上下はなるべく落ち着かせていきたいなと思うところです。

 

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絵本の世界に「ワーママ」は必要か?

少し前にこんな記事がありました。

www.asahi.com

お母さんはエプロン姿で家事、お父さんはスーツ姿で仕事へ。そんな両親の描かれ方が多いことに「違和感があった」。

とのこの記者の妻が述べたことからの、記事です。

男女の役割が固定された家族像ばかりを登場させることは、そこから外れる家族像を排除しかねない

 この記者の考える危惧は、果たして絵本の世界にも当てはまるのでしょうか。

 

 

個人的な結論は、「幼児向けの絵本にジェンダーフリーの要素は不要」です。

つまり絵本の世界に「ワーママ」はいなくてもいい、ということです。

 

誰のための絵本か?

言うまでもなく、絵本は子どものためのものです。親と子どものコミュニケーションツールとして、あるいは子どもの想像力や世界の見方を広げるためのものでもあります。

だから、絵本を読み聞かせる時間はとても大切です。

 

一方で、就学前の子どもにとって、絵本に集中できる時間は限られています。そのため、一冊の絵本が与えることのできるテーマもまた、非常に限定されていきます。

 

絵本のなかで、子どもが感情移入できる人物(≒子ども役)に相対する人物が、お母さんであれ、お父さんであれ、おばあちゃん、おじいちゃん、誰であっても、その人物が「ふだん(外で)仕事をしているかどうか」はテーマが「仕事」出ない限りは、子どもにとって重要な意味を持ちません

 

お父さんが娘と一緒にかばを見に行くおはなし、『かばさん』では、お母さんは登場しません。  お父さんもおやすみの日のようです。でも、お父さんはもしかしたら主夫かもしれないし、シングルファーザーかもしれない。もちろん、そんな設定はここには描かれないし、その必要もありません。

 『かばさん』 やべ みつのり 作 こぐま社 

 

はじめて見たカバに驚いたこと、楽しかったこと、お父さんと一緒にカバごっこをしたこと、そうした子どもの様子に共感し、何度も何度も読み聞かせをしました。

 

 「男女の社会的な性差」「社会的な役割分担」といったものが、テーマにならない限り、「ワーママ」も「主夫」も絵本の世界には必要ないのではないでしょうか。

『しごとを とりかえた だんなさん』 などがそうしたテーマを扱った例です。

 

幼児はジェンダーに左右されるのか?

個人的な興味は、むしろこちらにあります。

女の子はピンクが好き、男の子は青や緑が好き。

ほとんどの子が、この価値観に一度は囚われることになります。

絵本以上に、保育園での生活、アニメ・衣服など身の回りのあらゆるものにこの価値観は潜んでいます。そして、それらすべてのジェンダーシャワーを排除するのは非常に困難で、それを排除することに労力をかけることが、子どものためになるのかは立ち止まって考えたいところです。

 

また、子どもが自分の「性」について気づく瞬間が必ずあります。

一般的に、子どもが自分の性別を自認するのは、3歳ごろと言われています。性器の違いや、トイレの使い方などの違いから、性差に気づき、自分がどちらに属するのかを固定化していきます。

「男の子集まれー、女の子集まれー」と呼びかけたときに、反応するかどうか、等は一つの性自認の基準になるかと思います。

 

自分は「女の子」なんだ、と気づいたとき、自分が思う「女の子」の行動を取ってみたり、「女の子」どうしの仲間意識が強くなります。

お父さんが仲間はずれにされるのは、そのせいですね。

 

こうした過程は、文化や社会によって規定される性以前に、必ず現れる所与のものだとこれまで言われてきました。

幼児期に一時的に「女の子はこう、男の子はこう!」といった概念に囚われながらも、それらは子どもの成長にともなって、複雑に変化していきます。

仮に社会からの一方的な刷り込みがあったとしても、その後自分自身も社会の中で相互の関わりを持つことで、ステレオタイプに規定されないジェンダー観を身につけていきます。(今、性差に理解のある人もそうなのではないでしょうか。)

 

もちろん、いたずらに「男の子なんだからしっかり~」「女の子はもっとおしとやかに~」等と親の立場で声掛けをするような、不要な差別意識を植え付けることは良くないと思いますが、ステレオタイプの性を獲得する前の幼児期にジェンダーフリーを意識的に教え込むことは相当な困難を伴う作業になるのでは、と思います。

 

少し、本筋から逸れましたが、「女性は家で家事をする」という刷り込みが、仮に絵本によってなされたとしても、その影響が後々まで響くことは少なく、ことさらに「ワーママ」を強調することもないのではないか、と考えます。

 

仕事しているお父さんも、スーツを着る機会は少なくなっていますし。私もスーツは着たくないです。家族のあり方が、多様化している以上、「ワーママ」を「普通」の基準にすることもないのです。

 

まとめ 

以上ですが、まとめると、

・「性別による社会的役割分担」がテーマでなければ、ことさらワーママを強調することはない

・幼児期のジェンダー刷り込みの影響はのちに修正可能で、ジェンダーシャワーをすべて忌避することは不可能

というところです。

 

正直なところ、絵本を子どもに読ませていて、たしかに母親が登場する絵本の割合が圧倒的に多いですが、それが主婦ばっかり、という印象はあまりありません。

子どもと接することの多い休日は、ワーママもパパも当然普段着の格好ですし、家の中でも当然スーツは着ていません。

 

エプロン姿の母が、スーツ姿のパパを送り出すシーンを描く絵本、ぱっと思い浮かばないのですが、ご存じでしたら教えていただきたいです。(ミッフィーとかかなぁ?)

 

共働きなのであれば、絵本にそうした絵を求めるよりも、日常生活時において、夫婦間で仕事も家事も分担して行っている姿を見せることのほうが重要なのではないか、と思います。

父親もふつうにごはん作るし、洗濯するし、保育園の準備をしてくれて、お迎えにも来てくれる、という生活を過ごすのが「ウチの普通」なんだ、と。

 

 最後に、『いってらっしゃーい いってきまーす』という絵本を紹介します。

表紙を見ると、スーツ姿のお母さんをお父さんと娘が送り出しています。

こちら、1983年福音館書店から出版された絵本です。

保育園にお父さんが送っていき、帰りはお母さんがお迎えにくる、という日常を子どもの視点で描いています。林明子さんの素朴な絵もとても素敵です。「保育園に行く」という身近なテーマなため、子どもも気に入って何度も何度も読み聞かせています。

 

こういう絵本は昔からあるんだよ(ドヤっ!)、と言いたいわけではなく、絵本の世界はずっと昔からこうした新しい価値観に挑戦しつつ、子どもにも受け入れられやすい絵本を試行錯誤して作ってきた、ということです。売れやすい、売れにくい、という葛藤を抱えながらも、これまでも絵本作家はメッセージを発信しているのです。

 

絵本が子どもに与える影響を軽視するつもりは全くありません。

だからこそ、絵本の主題から外れた観点から、読み継がれてきた優れた絵本たちを排除したり疑問視するのもちょっと・・・と思った次第です。

 

 

※子どもの性自認に関しては、ちょっと勉強不足なので、下記の本読んでみます。長くなると思うので、こちらの内容はまたいつかまとめます。

 

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保育料や給食費の支払いが苦しい時の対処法

タイトル通りです。

ウチは、私が鬱で失職しているため、収入が大幅に減り、毎月の保育料を払うのもしんどい(できる限り月の支出を減らしたい)状況になりました。 そのときに、行った手続きを紹介します。

 

 児童手当からの充当

児童手当法の第21条、22条に、

第二一条 市町村長は、受給資格者が、児童手当の支払を受ける前に、当該児童手当の額の全部又は一部を、(略)学校給食費その他の(略)費用のうち、(略)中学校修了前の児童に関し、当該市町村に支払うべきものの支払に充てる旨を申し出た場合には、当該受給資格者に児童手当の支払をする際に当該申出に係る費用を徴収することができる 

第二二条 市町村長は、児童福祉法の規定により費用を徴収する場合(略)において、第七条(略)の認定を受けた受給資格者が、(略)費用を支払うべき保護者である場合には、当該扶養義務者又は保護者に児童手当の支払をする際に保育料(略)を徴収することができる。

という記載があります。(※かなり省略しています)

 

児童手当は、毎月、児童(中学生以下)がいる家庭に、政府が各自治体を通じて支払うものです。詳しくは下の表のとおり(※内閣府HPより)

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http://www8.cao.go.jp/shoushi/jidouteate/gaiyou.html

 

この児童手当、4か月に一回のペースで振り込まれますが、その使い勝手が悪いという指摘も多くあります。

実際に、保育料などの徴収は毎月されるのに支給は4か月に1回、というのは生活を切り詰めている保護者にとっては厳しいものになります。

 

この法令に則って、保育料を児童手当からの徴収にする、という手続きを行えば、携帯電話でいうところの保育料「実質0円※」になります。(※をつける実質0円ほど怪しいものはありません)

 

児童手当の額より、保育料のほうが高い、という場合、差額分だけ支払う or 小学校入学後も保育料の徴収を続ける のどちらかを選ぶことができます。(※自治体によって運用が異なる可能性があります)

 

私の場合、後者を選択しました。今年に関して言えば、少し収入が増えたので、差額が大きくなりましたが、小学校1年生のあいだには払い終わります。ちなみに、利息もありません。

 

申請の手続きは、各市町村の保育課で行います。

尋ねれば、詳しく説明してくれます。対応者が詳しくなければ、詳しい人を呼んでください。

 

 保育料の減免申請

こちらも、退職や離婚、その他に拠る理由などで前年に比べ収入が大幅に減少した場合に、 申請することができます。

ただ、申請時期や現在の収入、減少した時期などによって、申請どおり減免されるかどうかが変わってきます。

 

このあたり複雑なのですが、保育料の算定が、年間の収入によって決まる住民税に基づいているせいです。

 

住民税は、前年の所得に応じて決定され、当年の6月に決まります。

その住民税の額に応じて、早ければ当年10月~、遅ければ翌年の4月~保育料が変わります。

 

 例えば、12月の年末調整で所得が確定し、体調不良で1月に仕事を辞め長期療養という場合(私のケースです)、その年の収入は大幅に減少します。

しかし、住民税は前年の所得で6月に決定されるので、前年の所得が前々年よりも増えている場合、住民税は高くなります。

そのため、収入は大幅に減少しているのに、保育料はかえって増えてしまう、という現象が発生します。

 

ずっと前の所得が後々まで響いてくる、というのがこの制度の痛いところです。

 

 

複雑で自治体の人もよく混乱してしまうところなので、この場合、いつからいつまでが減免の対象になるのか、など詳しく訊く必要があります。

手続きが遅れると、減免の対象となる期間が過ぎてしまうこともありますので、ご注意ください。

住民税の減免も合わせて行うとともに、健康保険料・厚生年金なども 扶養に入らない場合、あるいは収入が極端に少ない場合は、減免申請を行うといいと思います。

 

全て窓口が異なるので、同じような手続きを何度も行うことになりますが、耐えてください。

 

制度の分かりにくさ

この手の減免申請などの手続き、複雑なうえに、生活環境が急激に変化するなかで調べるヒマも無い、ネットで調べても分からない、自治体のHPが不案内、などといったことが往々にしてあると思います。

 

私も全然気づかずに過ごしてしまったものがいくつもあります。

ウチの場合、妻が散々ネットで調べてくれた結果、唯一たどり着いたのが地元の共産党のHPでした。ちょっと戸惑いながら電話したところ、市議が職員に掛け合ってくれて、課長級の方が別室で対応して下りました。

なるほど、確かに共産党が役所から嫌われるわけだ、と得心しつつ、とはいうものの弱者にとっては必要な団体なんだなと思いました。

 

蛇足かもしれませんが、そんなエピソードもあります。生活苦の際は、使えるものをなんでも使いましょう。

 

 

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祖父母の同居・遠近の違いによる夫の行動変化

子育て世代の夫婦にとって、自分の親、子どもから見たら祖父母にあたる人と同居しているか、別居していても近くに住んでいるか、あるいは遠く離れているか、といった違いは、家事・育児・仕事のバランスとコンフリクトに大いに影響を与える要素になります。

 

祖父母との同居は、自分の親であっても、相手の親であっても、父母との仲の良さ、本人のコミュ力、地域性、家庭内ルールなど、諸条件によってプラスにもマイナスにもなります。

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※実家で採れた野菜です。

 

こちら、ネット上の子育てサイトで、女性側の視点(というか愚痴や悩み等)についてはよく書かれていると思うのですが、男性には何らかの影響を与えているのでしょうか。

 

 

このお題に対して、面白いワーキングペーパーがありましたので、ご紹介。

 

「親の居住地からみた育児期の夫婦の関係性:『全国家庭動向調査』を用いた特別集計」

山内 昌和 ,千年 よしみ (国立社会保障・人口問題研究所) 2015年

http://www.ipss.go.jp/publication/j/WP/IPSS_WPJ13.pdf

 

子育て家庭の親の居住地、つまり祖父母の同居、近居(30分以内)、遠居(30分以上)の違いによって、夫婦間の役割や分担、お互いに対する期待や満足感などは変化するか、という調査です。

 

調査対象は、60歳未満の配偶者有りの女性で、末子が18歳までのケースです。

 

 

親の居住地が(車、電車等で)30分、というのが近いか遠いか、というそもそもの前提で結果が大きく変わりそうな調査ですが、統計的にバランスが取れるのがそこだったのだと思われます。

我が家は、一番近くて2時間半のところに親が住んでいるのですが、そんな家庭は1割程度とのことです。

 

調査結果は長いので、面白いところだけ抜粋します。

 

1.妻を助けてくれるのは誰?

こちらは、妻が働きに出る、親の介護をする、など育児に専念できなくなった場合や、急な病気や出産時に誰が、最も重要な支援提供者となるか、を比較したものです。

 

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グラフの項目は左から、夫・親・兄弟・妻・保育園等・その他です。

 

質問の項目が分かりづらいのですが、祖父母遠居家庭の末子年齢が小学生以上の場合に夫の割合が多いのは、あくまで「妻が働いている時間の世話」ということになるので、土日など非正規的な働き方であると考えられます。

 

こちらは、とても妥当なところだと思います。保育園の存在はありがたいですね。

  

続いてこちら。

 

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妻が介護(親のどちらか等)にあたる場合です。

その場合、夫が子どもの世話に従事する家庭が多いようです。その分、夫は介護には従事しないということでしょうか。また、同居・近居の場合はやはり親の助けも多いですね。

 

こちらは突発的(短期的な)支援が必要な場合です。

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妻が病気のときは夫が子どもの面倒を見るケースで、最も高い数値は、遠居家庭での約6~7割です。

一方、出産時には、近遠に関わらず、親が支援者となるようです。遠い家庭も里帰り出産しますからね。

ちなみに、どちらのケースも妻自らが行う割合も1割程度あって、なんだか世知辛い気分になります。夫は何をしているのでしょうか。

 

2.親が同居すると男性は家事しない

次に、男性の家事負担と家事遂行についての結果です。

夫と妻の家事分担割合は、同居・近居・遠居のいずれの場合も、言うまでもなく妻の割合が高く、面白くないので割愛します。

 

こちらは、男性がどんな家事を週に1回以上しているのか、を示したグラフです。

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 同居していると、ゴミ出しすら、ほとんどしないというのが分かります。また、ほぼすべてのケースで、子どもの年齢が高くなると、家事をしなくなっていきます。

全体的に、同居している男性ほど、家事をしないことが分かります。

 

そんな夫の家事に妻は期待を寄せているのかと言えば、、

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同居の場合は、ハナから期待されていません。

祖父母がいないと、はじめのうちは期待値が高いのですが、子どもの年齢が上がるにつれてその期待は薄れていくのが分かります。

それでも、子どもが小さいうちは、そんな少しの家事でもしてくれたら嬉しい、満足!と思ってもらえるようですが、いつまでもそんな純真な心ではいられないことが読み取れますね。

 

 3.親と同居すると男性は育児をする?

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育児はどうでしょうか。

一見すると、総じて高いように見えますが、いろいろ注意が必要です。「遊び相手をする」「風呂に入れる」とかなんかいいとこ取りですね。しかも質問は週に1~2回以上です。(1回したらOK!)

 

そんな緩い基準なので、遠近の別にかかわらず、どの数値も似たようにも感じますが、「保育園の送り迎え」「風呂に入れる」「寝かしつけ」などの項目では、「同居」が最も高くなっています。

 

さて、親と同居するほうが、男性は育児をするのでしょうか?

 

もちろん、そんな単純なことは言えません。同居が高い数値を示す項目は、それぞれが可能な時間帯に家にいることを示すもので、比較的就業時間の短い(残業の少ない)男性であるケースが考えられます。

 

別の質問項目で、「夕食を一緒に取る」ことが祖父母同居家庭で最も多い、という結果もあり、そのことからもその時間に家にいる、ということが分かります。

男性の就業時間や残業時間が少ないほど、育児参加の確率が高いという先行研究は多いので、そのあたりの考慮が必要かもしれません。 

 

ちなみに、そんな夫の育児にも妻は初めは期待を寄せるものの(略

とのことです。

 

 

4.あなたのことはそれほど

最後に、妻に対する、夫の「情緒的支援」についての調査結果です。

夫は妻のことを、「心配してくれる」「評価してくれる」「分かってくれる」「感謝してくれる」「関心が無い」などの設問項目があります。

 

項目が多いので、表は2つだけにします。(右がYes、左がNo)

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この結果、同居・遠近関係なく、子どもの年齢が高くなるにつれて、だんだん関心が薄れていくのが分かります。

たぶん、このレポートの著者も性格が悪いのだと思いますが、

”「あなたに関心がない」については、末子年齢が高くなるにつれ関心があることを意味する「あてはまらない」の割合が低くなる傾向がみられるが、最も近い親の居住地による違いはみられない。”

という結語で締めくくられています。この一文は必要だったのでしょうか。

 

まとめ

夫の家事・育児行動の違いとしては、

・全般的にメインの家事・育児は妻が行う

・往々にして親がいなければ夫が動く傾向にある

 (但し、妻が仕方なく頼るのか、夫が仕方なく動くのか等は不明)

・親が近くにいない場合、夫に対する妻の期待が大きい

 (但し、その期待はすぐに消える)

・育児については親と同居していれば夫の関わりが多い

 (その場合、夫の帰りが比較的早いのでは、という検証が必要)

・育児期間が長くなるにつれ、妻の期待は薄れ、関係も希薄化する

 

というところでしょうか。

 

結果のみで、救いのある提言などは全くありませんが、祖父母の同居の有無によって、妻の期待する「家事」の質も内容も変わりますし、夫が動ける環境であるかどうかも変わります。

 

なので、一概に家事をしない夫が悪い、ということも言えませんが、子どもが小さいうちはまだ軌道修正が可能であり、今の状況が後々の家庭破綻を招く危険性がある、という危機感をもって臨まれるのがよろしいのではないでしょうか。

 

こちらからは、以上です。

ランドセルとラン活のはなし

先日、娘のランドセルを予約購入しました。

 

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※実際に購入したものとは異なります。

 

ここ数年、ランドセルの購入開始時期が6月と早まっており、人気のあるブランドのランドセルは予約殺到になる等、ランドセル商戦の激化が起こっており、そうした現象がなんでも面白おかしく名前を付けたがる人達によって「ラン活」と名づけられています。

 

そんなラン活のはなしです。

 

私個人の結論を初めに言いますと、

「ランドセルなんて安いもので構わない。ただし、ノイジーな周りの声に親も子も耐えられるのなら」

です。

 

ラン活ってなんだ?

「ラン活」って言葉が広まって、ランドセル購入における親の行動様式の変化が取り上げられるなど、メディアのヒートアップが始まったのは、おそらく一昨年くらいからではなかったかと思います。

昨年は、土屋鞄のランドセル購入サイトがアクセス過多でダウンし、鞄工房山本では店舗に数時間待ちの行列ができるなど、いかにも取り上げやすい現象が起きたため、広くそのことが知られるようになりました。

 

鞄工房山本のランドセルは、今年もすでに30分で完売となったようですが、展示会の会場を広めの廃校や昆虫館などを借りて行うなど、混雑解消に取り組んだようです。

土屋鞄も昨年のようなアクセスの集中を避けるため、デザインごとにネット注文の開始時期をずらしています。

 

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我が家のラン活のはなし

今年、ランドセルを購入する親の立場としては、6月の予約開始というのは、あらかじめ知っていた情報でしたので、新年度明け4月から、様々なメーカーのパンフレットを取り寄せていました。

5月末から展示会が始まるので、それに足を運び、2~3メーカーのものを実際に子どもに背負わせて子どもの好みと親の価値観をすり合わせて、6月初めに購入に至りました。

一度決めてしまえば、もう情報に振り回されることはありませんので、納入まで待つだけです。

 

と、たったこれだけの話なので、とても「ラン活」というようなものでもありません。

 

6年間使うそれなりに高価なものを購入するのに、各メーカーを比較し、実物を確かめて、適切な購入時期に好きなものを予約する、という普通の購買行動だと思っています。

 

なんで騒がれているのか?

いくつか要因は考えられますが、とりあえず三つ。

 

一つは選択肢が多様化していること。

以前、ランドセルの色は男の子は黒、女の子は赤、と決まっていました。でも、今はキャメル、ピンク、水色、青、緑、ラベンダー、など自由に色が選べるようになり、デザインも背面や側面に刺繍が施されるなど、同じ「ランドセル」でも統一規格でなくなってきています。

機能面もさまざまに改良されています。自動で開閉する錠前、左右に動く肩ベルト、柔らかく蒸れにくい背あてクッション、A4フラットファイルが入る大容量の収納性。などなど。

 

そのため、多くの親が各メーカーの特徴や、子どもの好み、校区内のトレンド、さらには祖父母の意見などさまざまな面を考慮し、”うちの子にあった一番の”ランドセルを購入しなければならなくなりました。

 

二つ目は、最初に述べた商戦の早期化、ブランド系への過度な集中です。

 

三つめは、価格帯です。

セイバンのカタログに付属されていた『2018年度最新版ラン活応援BOOK』によると、約半数の人が5~7万円で購入しているようです。

総務省の小売物価統計調査を見ると、2017年4月で約45,000円となっていますので、調査の母体によって多少異なりそうですが、5万円程度とみてよいでしょう。

ランドセル工業会のサイトを見ると、年々価格帯が上昇しているのがわかります。

ランドセルの価格・今昔|ランドセル・ヒストリー|ランドセル工業会

先ほど述べたランドセルのデザイン・機能の多様化、あるいは高機能化といったことが価格の上昇につながっているものと思われます。

 

予約の殺到した土屋鞄や鞄工房山本のランドセルの価格帯は、6万円~10万円です。正直、肌感覚として、とても高いです。

誰もが購入する学用品がなぜこれほど高いのか、という冷静な声がメディアによって拡大・拡散されても仕方がないところだと思います。

 

「ふつう」が高い

実際に、2万円以下の低価格で購入することも可能です。季節を問わず、楽天などのネットショップには旧年度のモデルのランドセルなどがアウトレット価格で売っています。在庫を抱える2月、3月ごろであれば、1万円以下でも日本製のランドセルを購入することは可能です。ただし、その場合、色や機能など好みのものを選ぶことはほぼできないかと思います。

多くの新品のランドセルには、壊れたときに無償で修理・交換してくれる6年保証が付いています。こうしたアウトレット品には、それが付かない場合があることも、注意が必要です。

また、中には本当に劣悪品も存在するようなので、それなりの情報リテラシーを持っていなければ、手を出さない方がいいでしょう。

 

平均価格帯のランドセルは、日本製、6年保証、トレンドを踏まえた設計など、抑えるべき点は全て満たしており、その時点でいわゆる「ふつう」のランドセルです。

そこに、さらにプレミアを付けようとすれば、大人びた雰囲気の手作り職人による美しいランドセル、になり価格も7万円を超えるものになります。

「ふつう」が5万円、「他人よりちょっといいモノを」で7万円です。

 

私の普段使いの鞄が25,000円で今年4年目なことを考えると、首を傾げてしまいます。

小学校生活は、そんなに過酷な6年間なのか。その価格でないと耐えられないのか。大いに疑問です。

 

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※私のカバンです。

周りの声、周りの目

それでも、色もデザインも機能もこだわらなければ2万円以下で買えるでしょう、時期もギリギリに買えばもっと安くなるでしょう、といえば確かにそうです。

 

そのとき、親子に襲い掛かるのが周りの目と周りの声です。

卒園が近づくと、必ずランドセルの話題が親同士でも子ども同士でも始まります。ランドセル何色にした?どんなやつ?、と。

「え、まだ買ってないの?私きれいなピンク!」「私は水色ー」といった声があるなか、6歳の子どもは自分のランドセルが何色であるか分からず、手もとにも無いという状況に耐えなければなりません。

 

「ネットで古いモデルのを1万で買ったよ」「ヤフオクで落とした」等と、祖父母に報告します。「おお、良かったな、安くええもん買うて」となればいいのですが、たいていの場合、怪訝な顔をして「かわいそう」なんて言われても素知らぬ顔をしていられる忍耐力が、親には求められます。

 

夫婦間で意見が割れたときなど、さらに面倒です。

安いのを買おうと妻が主張すれば、「俺の稼ぎが悪いと思われるだろ」と反論する夫。

あるいは「なんでもいいだろ、安いので」と主張する夫に「かわいそうだから”ちゃんとしたの”を買ってあげて」と泣き出す妻。

 

傍から見る分には、最高に面白いかもしれませんが、当事者からすれば面倒なことこの上ないです。

 

なんで、ランドセルひとつでこんな思いをしなければならないのか。

じゃあ5万円を出して「ふつう」を買えばいいじゃないか。

 

そんな消費者心理につけこんでいるランドセル業界の高笑いが聞こえてきそうです。

 

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まあ、実際なんでもいいよ

以上、わりと一般論を書きましたが、実際どんなランドセルでも子どもは背負って学校行くし、周囲が自分達にそんなに気に掛けるなんて全部気のせいです。

 

個人的には、今の子はいろんな色のランドセルを選べて羨ましいなぁと思います。選択肢が多様な社会は良いです。

ジェンダー論でよくある話ですが、赤なのか黒なのか、みんな同じ一つの色にするんじゃなくてそれぞれ好きな色で好きなものを選べばいい、と思います。

「ランドセル」という形は統一されているものの、いろんなデザインのものをそこから選べる、というのも楽しくていいなぁ、と。

 

決められた色ではなく、好きな色で、自由に小学校生活を楽しんでくれたら何よりです。

 

 

ちなみに、わが家が購入したランドセルの価格は50,000円です。

「ふつう」です。